ラン・ラン・ラン！　｜リアクション

ラン・ラン・ラン！　

「え、私ですか？」
　バイト帰りに呼び止められ、屋敷野梢は振り返る。
「なにか事件でもあったんですかー？」
　警察の指示してきた写真を見ると、そこにはいつもの顔。
「あー、その写真私ですねー」
　快活に答える。手錠の鋭い光が梢の目を射た。
「はいはい、逮捕ですねー」
　笑顔を向けて、
「ちょっとまってくださいねー」
　笑いながらじりじりと退歩して、
「さようならっ！」
　踵を返す。

　マジだった。
　警察は本気で、自分を豚箱にぶち込む気だった。
　全力で逃げるものの、背後からは警察が押し寄せてくる気配がする。
　か弱い女子の身では、そう長くは逃げきれない。
　あと５メートル、３メートル、１メートル……。
　髪の毛一筋つかまれるくらいで、梢は路地裏に身を翻す。
　追いかける警察、路地裏に梢の姿がないことを認め、唖然とする。

　さんざん周囲をあさり、梢の姿が忽然と消えたのを確認して、警察はその場を去った。
　人影がないことを確認して、塀の上からにょっきり顔を出す梢。

（なんですかあの集団、なんとか３世ごっこですか！）

　先ほど、路地裏に曲がった瞬間、梢は脳内に蝶への変生のイメージを強く描いた。
　感覚器が触角に収斂され、背中には淡い紫の羽。
　光の塵のような鱗粉が渦を巻いて、蝶となった梢が夜に飛んだ。

　屋敷野梢のろっこん『胡蝶の詩』。
　身に着けた物ごと、全身あるいは体の一部を、蝶へと変化させる。

　汎用性も高く、使用法次第ではかなり強力である。
　だが、発動条件はかなりの集中力を要求する。使い手の力量が問われる。

　先般はとっさの状況で、集中が十分ではなかったが、とにかく塀を飛び越えることはできた。
　
　梢はひょいっと、塀を乗り越える。
　おいそれと捕まるわけにはいかない。
　状況も把握できない。

　――私の情報を持っていると思って、間違いはないですよね…・・。

　寝子島ではいろいろあった。
　組織的なのに追われる理由も、なくはない。
「でも、警察に追われるよーなことは、してませんよ……」

　とにかく、ここにこのまま留まるのは愚策。
　何か対策を考えなければ。

「もー！　学校と家事とバイトで、疲れてるっていうのに！」
　梢は立ち上がり、軽く毒づいてみせる。
「早く家に帰らせて、のんびりネトゲさせてくださいよー！」