メリークリスマス｜リアクション

メリークリスマス

　五分前、風雲児轟は桜花寮の一室で腕立て伏せに励んでいた。百を超えた辺りで片手に切り替えた。
「身体のキレは悪くないぜ！」
　爽やかな汗を額に滲ませて肉体を鍛える。何事もない一日の一齣であった。
　一本の電話によって急に雲行きが怪しくなる。片手で腕立て伏せをしながら対応した。聞き覚えのない女の子の声でクリスマスを祝って欲しい旨を伝えて唐突に切られた。
「腕立てなんかやってる場合じゃねぇ！」
　轟は即座に立ち上がる。部屋を見回しながら頭の中で状況を整理していった。
　――ろっこん絡みでいろんなことに遭遇してきたが、都市伝説は初めての体験だな。こんな日が来るとは思いもしなかったぜ。
「このままだとメリーさんは、ここに来るんだよな？」
　クリスマスの雰囲気はまるでない。身体を鍛える道具は無骨で華やかさに著しく欠ける。女の子を招き入れるような状態にはなかった。
「それなら飾ればいいんだ！」
　椅子の背に引っ掛けていた茶色の革のジャケットを着て轟は部屋を飛び出した。階段を駆け下りて寮の外に出ると電話が掛かってきた。
『あたしはメリーさん。あなたの近くにいるの』
　その声を聞いた途端、轟は瞬時に後ろに目をやる。そこには誰もいなかった。
「背後じゃないのか」
「たまには趣向を変えるの」
　愛らしい声に轟は前を向いた。あどけない顔の女の子が当たり前のように立っている。
「す、すげぇ、瞬間移動ってやつか！」
　轟は驚きと共に喜んだ。女の子は関心がない様子で言った。
「あたしのクリスマスを祝って欲しいの」
　寮の方に歩き出す。轟は慌てて前に立ち塞がった。
「少し待ってくれないか。寮の部屋はメリーさんが来るには味気ない感じなんだ」
　女の子を前にして、その思いは強まる。赤いリボンに赤いコートが映えていた。胸元にはサンタクロースのカメオを付けて着飾っているように見えた。
「まずは街に行こうぜ」
「何をするの？」
「買い物だ！　俺達で部屋を飾って最高のパーティーを作るんだ！」
　握り拳を作って力説する轟に女の子は頷きで同意した。こっちだ、と轟は力強い声で先を行く。
「男の俺じゃあ、センスに不安があるけど、メリーさんがいれば安心だ！　好きなのを選んでくれよな！」
「メリーさん、センスには少し自信があるの」
　胸元のカメオを指で触りながら口にした。
　轟と女の子は小まめに店を回った。質素ながらもパーティーに華を添える品々を買い込み、寮の見えるところまで戻ってきた。
　轟は荷物を持った状態で歩く速度を落とす。
「メリーさんをどうやって部屋に連れて行こうかな」
「あたしは先に部屋に上がっているの」
　轟が横手に視線を向けると、すでに姿はなかった。
「これが瞬間移動か！」
　興奮が抑えられないという表情で轟は寮へと走った。ドアの鍵を開けて中に入ると、女の子は正座の姿で待っていた。
「その技、最高にカッコイイな！」
「よくわからないの」
　きょとんとした女の子に、そうかもな、と轟は笑って言った。
　二人で飾り付けをしていく。装飾の位置は女の子が決めた。星やミニツリーの演出で部屋は徐々にクリスマスの雰囲気を醸し出す。
「完成なの」
「それじゃあ、カンパイするか！」
　小さなテーブルを出して向かい合わせで座った。紙コップに炭酸の入ったアップルジュースを注いだ。
「カンパーイ！」
「チンなの」
　紙コップを宙で合わせて二人は飲んだ。紙皿にはイチゴのショートケーキが乗っている。備え付けのプラスチックのフォークで切り分けて、女の子はじっくりと味わうようにして食べる。
「とても美味しいの」
「そりゃ、良かった。買った甲斐があったぜ！」
　轟は明るい表情で女の子の様子を窺う。機嫌は良さそうに見える。余計に都市伝説の暗い部分が頭を過った。
「暇な時はいつでも遊びに来いよな！」
「考えておくの」
　微笑むような表情で女の子は残りのケーキを口に入れた。