クリスマスを飾ろう！｜リアクション

クリスマスを飾ろう！

　木鈴寧々子が寝子島へやってきたのは、ごく最近の事である。
　——何か楽しいこと、面白いことはないかしら。と旧市街をぶらついていた折、彼女は小さな路面店へ視線を留めた。
　キャスケットを被ってサロンエプロンをした女性店員が、低い台に乗って、店先にある木に飾り付けをしている。あの赤いボールはクリスマスのオーナメントだ。
　じーっと見つめていて暫く……。集中していた店員が、正面を見たまま膝を曲げ、後ろの段ボールを片手で漁り始めた。しかし台に乗っている所為かなかなか上手くいかない。
　ゴソゴソ蠢いている手がオーナメントをもう一つ取ろうとしている事に気がつくと、寧々子はそれを手にとって、代わりに手渡してやる。
「これでしょ」
「ありがと……っえ？」
　目の前ににょっきり現れた手と女性の声に、店員は一瞬受け入れてから我に返って驚き、ボールオーナメントを空高く放ってしまった。
　それは店員から離れた方へ落ちて行こうとしている。
「あ！」
　声を上げた瞬間、店員の横に居た寧々子が地面を蹴り、跳びつくようにオーナメントをつかまえる。
「はい」
　開いた両手にもう一度握られていたキラキラ輝く飾りを見て、店員は「ナイスキャッチ」と微笑んだ。
「じゃあ次はその天使の飾りがいいな」
　冗談めかして言うと、寧々子は素直に段ボールの中を探り出している。登場は唐突だったが、良い子なのだろうとキャスケット鍔の下で店員は目を細めた。
「あなた見ない顔ね、観光？」
「まあ、そんなところ」
　曖昧に答えた寧々子が天使が鈴を持ったオーナメントを手に店員の元へ一歩踏み出した。しかしその時に足をくにゃっと捻らせてしまった。店員が腕を掴んで助けたので事なきを得たが、思わぬ出来事が続いて互いに偶然を笑いあう。　
「はい、天使の飾り。綺麗だね」
「有難う。でも一人でやるのって大変で。お客さんきたら離れなきゃならないし」
　どうやらこの小さな店は、キャスケットの店員が一人で切り盛りしているらしい。寧々子は入り口扉に掛けられた手描きの看板に書かれた営業中の文字を見つめ、くるりと店員を振り返る。
「私も手伝っていい？」
　予想外の申し出を聞いて、店員は丸くした目を瞬きしたが、寧々子の好意を「助かる」と受け取った。
　
　こうしてキャスケットの店員と寧々子で飾り付けを行っていると、少しして店へ客がやってきた。
「ちょっとお願いしていい？」と店員が中へ入って行く間、寧々子は一人で作業を続けた。
　段ボールにある飾りは、残り少ない。
「あと三つ……」
　オーナメントを手にとった時、ふと彼女の表情が陰る。寧々子の頭に浮かんでいたのは、妹とのクリスマスの思い出だ。
　丁度そんな時に外へ戻ってきた店員は、寧々子の何かを懐かしむような、どこか寂しげな表情を見て首を傾げた。
「どうかしたの？」
「ん？　なんでもないよ」
　首を横に振って、寧々子はオーナメントを枝に飾り付けた。

　それから最後の飾りをつけて、木がクリスマスツリーに変わったのを見て二人は顔を見合わせる。
「有難う、あなたのお陰」
「ううん、私も楽しかった」
　短く話しをしていたら、また「すみませーん」と扉を開きながら常連客が店主へ来店を知らせる。
「あーはい、今行きます！」
　店員が急いで戻っていく。
　それから数分して、外へ戻ってきた時、寧々子の姿は飾り付けた木の前から消えていた。
「ありゃ、なんかお礼しようと思ってたのに……」
　店員は空になった段ボールを見下ろして息を吐き、もう一度寧々子と飾り付けた木を見る。そう言えば彼女の名前も聞いていなかったと思い出していると、ふとあの天使のオーナメントが目に止まった。
　指先でつつくと、鈴がちりんと音を立てた。
　店員優しい音色に微笑んで、段ボールを抱えて店へと戻っていった。