こどものころのおはなし｜リアクション

こどものころのおはなし

　９　オレンジ農園の中で

　ジェレミア・ベルトーニはイタリアで生まれて、イタリアで育った。実家はオレンジ農園を経営している。小学生の頃、彼は毎日のように農園に遊びに行っていた。

∞

「こんにちは！」

「こんにちは、今日は学校は終わりかい？」
「うん！」
　農園に行くと、そこで働いている人達が笑顔で挨拶をしてくる。彼らとジェレミアは、すっかり既知の仲になっている。
　そんな挨拶を交わしながら、農園の奥へと入っていく。農園の樹には、タロッコという品種のブラッドオレンジが実っている。名前の通りに果肉が赤いのが特徴で、太陽をたっぷり受けて、とても甘くておいしい。ジェレミアも大好きなオレンジだった。
　瑞々しいオレンジの実がたわわになっている果樹園を歩くのは、それだけでも楽しい。樹が多くて、冒険心を満たすには最適な場所だ。
　けれど、１人で歩くよりももっと楽しいのは。
　猫と一緒に、この農園で遊ぶことだ。
　視線の先に、猫達がにゃーにゃー集まっている。この農園では、猫や鶏を放し飼いにしていた。果実を狙って小鳥や小動物が色々と来るから、猫、鶏達はその小動物避けという重要な仕事を担っているのだ。
　猫達は、ブラッドオレンジの樹に登っていた。太めの枝の上で昼寝をしている猫や、てっぺん近くでがさがさしている猫など、遊び方も様々だ。
（いいなあ……）
　ジェレミアは、それを羨ましく見上げていた。この樹は、子供が登って遊べるほど背が高くない。
（あっちの樹に登ろう）
　猫達が登っているのとは違う、背が高い別の樹に歩いていく。この農園には、オレンジ以外の樹もあった。それになら登れる、とジェレミアは樹の幹に足をかける。何度か登っているから、登り方は分かっている。
　樹の中程まで行くと、茶トラ猫が追いかけるようにして登ってくる。猫の名前はルチル。この辺りの猫のボス格で、とても面倒見の良い猫だ。ジェレミアが生まれる前からいる大人の猫で、赤ちゃんの頃から彼を見てきたルチルにとって、彼も他の猫と同じように保護対象に入っているみたいだった。
『１人で行って大丈夫かにゃ？』
　とでも思っているのか、ジェレミアが樹に登りだすと、ルチルは傍に来て一緒に樹に登ってくるのだ。他の、ルチルを慕っている猫達も登ってきて、樹の上は賑やかになる。
　しばらく樹の上で猫達と過ごしていると、仕事中の職員がやってきて彼を見つけた。
「こら！　そんな所に登っちゃいけませんよ！　危ないでしょう！」
　農園の職員は、彼に対して丁寧に話したりそうではなかったり様々だ。この人は言い方は丁寧だが、中々に恐かった。
「はーい」
　ジェレミアは、素直に樹から降りる。すると、ルチルも降りてきた。樹に背を預けて座って、一緒に遊ぶ。
　こうして、猫達とオレンジに囲まれて過ごす毎日が、楽しかった。

∞

　あの頃は猫達と遊ぶのが日常で、日常過ぎたからか、一緒にいた猫達の写真もあまり残っていない。
「色々と撮っておいたら良かった、と思ったのは日本に来てからだよ」
　日の当たる窓の傍に座って、ジェレミアは猫を撫でながら言う。目の周りに大きな黒いぶちのある三毛猫だ。名前を、ルチルといった。
「なので、今は猫達との写真を色々と撮る様にしているよ」