こどものころのおはなし｜リアクション

こどものころのおはなし

　１　納豆の思い出

（今日はラーメンにしようかな）
　お昼時、どこで食事をしようかと考えていた佐藤英二は、『ラーメン』というのぼりを出している食堂を見つけて中に入った。
「いらっしゃい」
　いかにも食堂のおばちゃんという感じの割烹着のマダムに案内されて席に着き、メニューを見る。
（うっ……）
　ラーメンの種類を確認した時、英二は決定的な気後れを感じた。醤油、味噌、タンメンという一般的なラインナップの中に、当たり前のように『納豆ラーメン』なるものがあったからだ。
（納豆は本当に苦手……そういえば、初めて食べたのって小学校の給食だったなぁ）
　英二は、納豆とファーストコンタクトを果たした時のことを思い出した。

∞

　小学校に入って１ヶ月経たない頃の給食の時間、英二は机に置いたトレーを前に固まっていた。トレーの一角に居座っているのは、白く、四角く、特徴的なフォルムを持つ発泡スチロールの入れ物だった。隣の席の子
は、その箱の蓋を開けて、中身を美味しそうに食べている。
　その子の食べているものを目にし、臭いまでも否が応に嗅ぎ取ってしまった英二は、未開封の箱から目を離せぬまま、１人追い詰められていた。
　幼い当時の彼は知らなかったが、彼の家族は全員が納豆苦手派だった。その為に、今まで納豆が食卓に上がったこともなく、その存在を知る機会もなかった。
　初めて目の前に現れたナットウという物体に対して食欲が全く湧かない。だが、真面目な小学生としては給食を残すわけにはいかなかった。
　よくよく周囲を見回してみると戸惑っている生徒は少なく、殆どがノープロブレムで納豆を食べている。
「…………」
　しかし英二には、納豆の臭みとネバネバ感は非常にハードルが高かった。
（……よし！）
　そろそろと納豆の容器に手を伸ばす。
　蓋を開けて、たれを入れてかき混ぜる。容器は、なるべく顔から離した。ミッション１が終わると、次に彼はそれを全部食パンに挟むという暴挙に出た。パンに挟んで食べ、牛乳で流し込むという作戦だ。
　その作戦は当時の英二にとって功を奏したとはいえなかった。というか、むしろ状況は悪化した。水気の多い納豆がパンを湿らせてパンはふにゃっとするし、納豆は挟むには量が多すぎた。
　何より、やっぱり納豆は口に合わなかった。これで美味しかったらよかったのだが……
「う……ううっ！」
　そんなこんなで、涙目になりながら、流れてくるネバネバで手をネバネバにしながら、英二はとんでもなく苦労しながらミッションをクリアした。
　残りの給食は手を洗い、納豆をかきまぜるのに使った先割れスプーンもよく洗った上で完食した。
　午後の授業は、お腹辺りの気分が悪いまま乗り切って――

∞

　そんなことを思い出しながら。
「いつか克服できるかもしれないけど納豆は苦手だなぁ」
　食堂にて、英二はそう呟いておばちゃんを呼ぶ。
「味噌ラーメンをお願いします」
「はい、味噌ラーメンね」
　そこは納豆ラーメンだろうという気もするが、彼は無難に味噌ラーメンを注文し、それを美味しくいただいたのだった。

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