こどものころのおはなし｜リアクション

こどものころのおはなし

　１２　初めて髪を染めた時

　鴇波羽衣の地毛は、黒だ。彼女を知っている人や写真を見た人は意外に思うかもしれない。彼女の髪は、綺麗な夕焼け色だから。
「昔から夕焼けを見るのが好きだったから……この色に憧れてたの」
　友人と髪色の話をしている時に、羽衣は言った。
　彼女が初めて髪を染めたのは、小学校４年生の時だった。

∞

（えっ！？）
　幼稚園生の羽衣は、家族で街を歩いていた時にすれ違った人達に驚いて振り返った。その人達は、すごくカラフルな服を着て、原色の明るい髪色をしていた。服もそうだったが、黒からかけ離れた色の髪をしている人を見たのは初めてで、羽衣はものすごい衝撃を受けた。擬音で現すと、まさしく「がーん！」という感じだ。
「どうしたの？」
　尋ねてくる母に、羽衣は少し興奮しながら離れていく原色の人達を指差す。
「あの人たちの髪の色、黒くないよ？」
　母は羽衣の視線を追い、それからにっこりと笑いかけてきた。
「大人になったら、髪の色を変える魔法が使えるのよ」
「魔法で？　それじゃういは、大好きな夕焼けの色にしたい！」
　羽衣は目を輝かせて、母に言った。大人になったら、絶対に髪の色を変えるんだ。と、きらきらとした気持ちで心に決めた。

　そして、小学校４年生になり――
（あ、これ……！）
　スーパーに行った時、羽衣は偶然、髪の色を変える薬――染髪剤を見つけた。
（これで、色を変えられるんだ……！）
　それを知ってしまったら、もう待てなかった。８００円くらいで、手の出せない値段ではない。彼女はお小遣いを貯めて、それを握り締めてオレンジの染髪剤を買いに走った。
　その日の夜。
　お風呂場で、誰にも秘密で、染髪剤を使う。
（これをつければ、きれいな色になるんだ……）
　そう信じて、やり方もよく確認しないまま、セットになっている２種類の薬剤を混ぜないままにとにかくつける。
　期待で、気持ちが逸っていた。
　そんな方法で使って、きれいに染まるわけもなく。
「羽衣！　何、その髪の色！」
　鏡の前で変な色になった髪を見て泣きそうになっていたら、それを見つけた母が驚きの声を上げた。泣きそうな顔のまま母を見て、ちょっとびくびくしながら事情を話すと、母はもちろん、ものすごく羽衣を叱った。
　それが初めての染髪で、翌日、彼女はその変な髪の色のまま、学校に行った。
「ういちゃん、髪の色変ー！」
「どしたの？　何があったのー！？」
　先生を始め、心配してくれて、変わらずに接してくれた友達もいれば。
「なにあの髪ー」
「おかしいよね」
　変な子だ、という目で見てくる子もいて、少し友達も減った。
「お父さん、お母さん……」
　家に帰ってその話をしたら、両親は、髪の色を変えることを許してくれた。
「羽衣のことをちゃんと見てくれる人を大事にしなさい」
　そして、こうアドバイスしてくれた。
　翌日はお休みで、羽衣は髪の毛を綺麗に染め直した。髪のケアの仕方も勉強した。

∞

「学校に色を元に戻せって言われなかったのは……ここが寝子島だから？」
「うん、きっとそうだね」
　その時から今に至るまで、羽衣の髪の色は、ずっと夕焼け色なのだ。