クリスマスのあしおと｜リアクション

クリスマスのあしおと

　呉井弦月と貴家衿花は、中学の先輩後輩関係に当たり、以前ミルクホールで職業体験をしたバイト仲間だった。
「クリスマス時期の特別メニュー、か……うーん……何がいいんだろう……」
　弦月は、あれ以来店へ時々遊びにくるのだと言う先輩の衿花にアドバイスを求めて振り返る。
「貴家先輩はどんなメニューを思いついてますか？」
「私が考えていたのは、シチューでポットパイになったもの。
　それでせっかくだからクリスマスっぽいもの……クリスマスプディングみたいになにか入れたりしたらどうかしらって」
　彼女の言うクリスマスプディングとは、イギリスの伝統的なクリスマス料理だ。レーズンやオレンジ、レモンピールを使った蒸しケーキである。
「指輪とかコインかとかは危ないかしら？　星形の人参とか別のものに変えた方が良いかしら……」
　と、言うように、クリスマスプディングには、蒸し上げる際に指輪や６ペンスコインや指貫などを混ぜ、願い事をしたり、引き当てた人が幸福になるなどの儀式が存在する。
　その辺りは後で康子に確認するとして、まずはそれを作るかどうかの話しだ。
「そのメニュー、いいですね！　一緒に作ってみたいです」
「私、あんまり料理得意じゃないけど……」
　衿花は俯いて落ちかけた眼鏡のツルを押し上げてそう答えた。

　さて。こうして先輩と後輩は二人で一つの料理を作り始めたのだが、衿花の「得意じゃない」という言葉は、謙遜ではなかったらしい。
「あ、あれ？　さ、貴家先輩、包丁の持ち方が独特ですね」
　余りの危なっかしさに驚いて弦月は声を若干ひっくり返しながら、衿花に指摘する。ヘタとか危ないとか直接的な言葉を使わないあたり、彼の態度はかなり紳士的だ。
「え、そんなに危ない持ち方かしら」
　当人に自覚がないのが恐ろしい。そんな持ち方をしていたら、手が滑ってあっという間にグサーッでビシャーのドバーな光景が広がるだろう。そんな想像をしてしまった弦月の顔がサッと青くなるのを見て、衿花は後輩がする注意の深刻さを徐々に理解し始めた。
「……そういえば家庭科とかもあんまり切る係ってしたことがなかったわね。飾り付けとかソースとか味付けとかはしていたんだけど……」
「こう持ってもう片方の手は添える感じで持った方が危なくないですよ」
　弦月は自分も慣れないなりに、衿花の手に自分の手を添えて丁寧に教えた。教えたところで不器用な手が作ったのはゴロゴロ不揃いな野菜たちだったが、グサーッでビシャーのドバーよりは全然良いだろう。
「皮を薄く切ったり、同じ大きさに切るのって難しいですね」
　苦笑しながらもフォロー上手な弦月のお陰で、衿花も不出来な結果を嘆く暇なく、次の段階へ移れる。
「だ、大丈夫よ、野菜は煮込んでちょっと溶けちゃうから大きい方が良いのよ！味は悪くないはずよ！」
「はい、ちゃんと煮込んで美味しくしましょうね」
　言い訳すら立ててあげる完璧な後輩ぶりであった。
　絶妙なコンビネーションで無事に完成したシチューが冷めたら、ココットに丸く切ったパイシートを被せ、卵黄を塗って、あとはオーブンにお任せだ。
「ちゃんと出来るかしら、どきどきするわね」
　オーブンの熱の所為か、頰を紅潮させて様子を見守る衿花に、弦月は「そうだ」と思い出したことを提案した。
「うちの母がもたせてくれた、ヒイラギとピンクペッパーを、お皿に飾り付けてみてもいいですか？
　“クリスマスっぽくなるかもー”と、母が言ってたんですけど」
　言いながら気恥ずかしくなってきたのか、弦月の声は段々小さくなり、最後には　
「ど……どうでしょうか？」
　とつっかえてしまうくらいだった。しかし衿花は不思議がることもからかうようなこともなく、口角を上げ
「その提案、素敵ね！」
　と快諾した。
「母さんもきっと喜びます、ありがとう先輩」
　この日、弦月の存在は不器用な衿花にとって大変な助けになったが、弦月の方からも、「素敵」と言ってくれる衿花が居てくれたことで、心安らぐ一日となったのだ。