クリスマスのあしおと｜リアクション

クリスマスのあしおと

　寝子島中学に１日の終わりを告げるチャイムが響いていた。部活と下校に動く生徒たちの波を潜って、イリヤ・ジュラヴリョフは一つ下の学年の津島直治と合流していた。直治はミルクホールで職業体験をした経験があり、今回も手伝いを申し出ていたのだ。
「料理はあまり得意じゃなくて」
　昇降口に向かう途中、そう言ってすまなさそうに視線を落とす直治へ、イリヤは柔らかい笑みで応えた。
「僕も得意じゃないです。でも手伝ってくれて嬉しいよ」
「……買い出しであれば、力になれるかと。もう買うものは決まってるの？」
「Да．スマホのグループのところに上がってたよ」
「そ、そうで……そう」
　携帯電話や『すまほ』の類は苦手な直治が曖昧に返事をしていると、ふと周囲の生徒たちに浮き立つような違和感を感じとる。彼らの視線を追ったところ、昇降口の門の前に、高校生の集団が立っているのが見えた。高校生は珍しくも何ともないが、高校生がここに立っているのは少々珍しいから騒がしかったのだろう。
「あ、センパイたち」
「兄さん！」と小走りに駆けて行ったイリヤが、双子の兄たちに捕獲されたのが、クライマックスだった。

「酷いよもう……。僕、明日から学校行けないよ」
　真っ赤になった顔を両手で抑えるイリヤが後ろからノロノロついてくるのに振り返って、御巫時子はクスクスと苦笑を漏らしている。鳴神師呉は先程の惨事——思春期の少年が家族と兄貴分から同級生たちの前でハグされたり頭を撫で回されたり手を繋がれたりした——を思い返して、目を丸くしていた。
「いつもああなの？」
「まあ、ちょっと。俺も先輩にはよく弄られてるし」
　佐藤英二がそう言った途端、いつの間にか背後に立っていたレナートに羽交い締めにされ、エリセイにくすぐられていたから何となく理解できた。
「何すんですかあなたたちは！」
「いじられるっていうから」
「言葉通りになるようにしてあげようかと」
「物理の話しじゃありませんって！」
　きゃっきゃと騒がしい彼らと対照的に、イリヤの方はロベルト・エメリヤノフが既にフォローに入っていた為、もう落ち着き払っている。
「この間は……なんというか大変だったね」
「はい！
　僕は走ったらなんとか間に合って、遅刻しませんでした」
　イリヤのアピールするような得意そうな顔を見て、ロベルトは苦笑から噴き出してしまう。
「中学の方が校舎も近いしね。僕も起きたらギリギリすぎて焦ったけど、何とかなって良かったよ」
「でもリーセはいつもと変わりませんでした。結局レーナが……」
「レーナが？」
「木にイルミネーションの準備がされてる！　日本は本当に、１１月でクリスマスだらけなんですね」
　覗き込んだ顔は別の方向を向いていて、その話しは打ち切られてしまった。確かに今日はクリスマスの準備の為に出掛けているので、タイムリーな話題ではある——。
　イリヤの前にいた師呉が振り返って頷いた。
「気がついたらもう１１月も下旬になるんだよな」
「あと一ヶ月でクリスマスなんだね……」
　と、直治。
「クリスマスグッズとか売られて、確かに近づいてるって感じるよな」
　師呉が外に飾られている大きなサンタクロースの人形を示すと、ロベルトが双子たちを呼ぶように声のトーンを上げた。
「そういえば、日本のクリスマスはロシアのものとはだいぶ違うよね」
「そーだねー。イルミネーションとかはあるけどさ」
「そうそう。大体同じなんだけど、大分違うっつーか」
　エリセイとレナートが同意していると、時子が「どんなところがですか？」と尋ねる。
「俺も気になってた、ロシアのクリスマスってどんなの？」
　直治も同じく質問を重ねると、ロベルトが「小さい頃は混乱してたよ」と、当時を思い起こして困ったように眉を下げた。
「イリヤくんは向こうで日本のこういう文化は勉強してきたかい？　それともお兄さんに聞いたかな」
「“ёлка”、の日本の名前はカドマツです！」

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