中学生の僕がハジメテのオツカイをするので手伝ってくれませんか｜リアクション

中学生の僕がハジメテのオツカイをするので手伝ってくれませんか

　その頃——ミルクホールでは、店の扉を半開きにして、内の様子を伺う怪しい影があった。
　それ程上手に隠れていた訳でもない為、早々に気づいた羽衣が、笑顔で飛び出る。
「いらっしゃいませ」
「ッ！！」
　まさに声にならない声——と言った体で悲鳴を上げた彼女だったが、別に怪しいなりに怪しい事をしようとしていたのではなかった。
「……大田原じゃ、これを持ってきたのじゃ」
「あ、はーい」
　大田原いいな——、このミルクホールの近くに住んでいる叔母のお使いで回覧板を回しに来た高校生だった。
　何故こんなにもビクビクしていたのかは不思議だったが、羽衣は聞き分け良く笑顔でキッチンへ踵を返す。
「康子さん呼んできますね！　中でお待ち下さい」

　こうしてキッチンに入り開口一番「康子さん」とオーナーを呼びつけた羽衣だったが、振り返った康子の様子は妙に落ち着きがなかった。
　まるで何かを期待していたような——、或いは何かが無ければと思うような表情の変わりぶりで、立っていた羽衣が考えていた事に関係のない情報を持ってきたと分かるや、笑顔で息を吐き出す。
（康子さん……、なんかそわそわしてる。どうしたのかな？）
　考えて思い至るのは、イリヤの買い物の事だった。
「心配ですよね、イリヤくん」
　と声を掛けてみると、矢張り正解だったようで「そうなのよー！」と堪えきれなかった返事がきた。
「中学生でしょ？　男の子でしょ？　買い物くらい普通じゃないと思って送り出したけれど、まだ早かったかなー、もうちょっと島に慣れてからが良かったかなー？　リーセとレーナと一緒に行かせれば良かったかなーって……あら？　あの二人今日は大人しいわね」
　康子がくるっと天井を見上げた為、羽衣は笑って誤魔化し
「旧市街の人はみんな優しいし、きっと大丈夫ですよ！」と康子を励ました。康子が欲しかったのはその一言——同意だった為、聞くや否やでみるみる元気になる。
「文房具と靴とか買いに行ったのよ。ドーナッツも頼んじゃった。好きなのよね、うふふ」
「旧市街で文房具を買うならやっぱり神野文房具店ですね！
　面白いお菓子も置いてあるし、看板娘のマキナさんがすっごいかっこよくて！　もしイリヤくんに会ってたら教えてあげたのになぁ」
　話題と言うには妙に勢いの良い羽衣に、康子は「あらあら」と目敏く気づく。「あらあらあらあら！？」と、おちょくるように蒲鉾目になって羽衣に近づいて行った時、麗音もキッチンへ入ってきた。
「どうかなさったんですか？」
「それがねー、聞いてよ七雅さん！」
　蒲鉾目のまま麗音に近づいていく康子を「康子さん康子さん、回覧板！」と止めて、羽衣自身もキッチンへオーナーを呼びに行った目的を思い出した。
「そうだったわ、回覧板——」
　パタパタとキッチンから出ようとする康子に、麗音は直ぐに済む用事だと先に声を掛けた。
「カウンター１番のお客様なのですが、顔色が悪くて……。あの子に甘めのハニーミルク出しても良いですか？」
　それは少し変わった申し出だったが、康子はカウンター１番と言うだけで麗音の話を分かった様子で、「お願い」と、二つ返事だった。
「あっ、ありがとうございます、早速差し出して来ますね！」
「あたしも休憩時間にでも話しかけてみていいですか？」
「ええ。あの子、寝子高の生徒さんだから、きっと喜ぶわ——」