INFINITE†NIGHTMARE｜リアクション

INFINITE†NIGHTMARE

『第二部』

「……アクセス。アカシックレコード……言語情報をインストール…………。
　この先が新たな世界か——。新たな魔王が生まれる前に、物語の収束を」

　ワールドウォーカーは世界の扉を開いた。

＊　＊　＊

　——この国は、今日も俄か雨が降っている。

　赤毛を隠すようなキャスケット帽を目深に被りなおし、彼は黒い革長靴で水溜りのハネ上げながら小走りで目的地を目指した。
　もうもうと視界を白く染め上げる蒸気を片手で振り払うと、突如目の前に現れた背の高い煉瓦造のタウン・ハウスの呼び鈴を鳴らした。

「エージェントロベルト・エメリヤノフ様ですね」
　格子扉越しに現れた東洋人のフットマン佐藤英二に質問され、ロベルトは格子に突っ込んだ人差し指で「シッ」と彼の唇を抑えた。
　すると英二は訳知り顔で頷き、ロベルトを屋敷の中へ招き入れる。大階段が目立つ玄関を抜けてラウンジで濡れた服を整えていると、ドアをノックする音が響き、黒いロングドレスに来客向けのレースの付いたエプロンのメイドが現れた。
「リビングへどうぞ、旦那様がお待ち申し上げております」
　ポニーテールのメイド——響タルトは、静かに一礼し、ロベルトを引き連れて歩き出す。天気が優れない所為なのか、ダマスク柄の壁紙が延々と続く広い廊下はやたらと暗く、重苦しい雰囲気が伸し掛かる。
「立派なお屋敷だね」
　手持ち無沙汰にロベルトが口を開いても、タルトは何も答えようとしなかった。彼女は自分が此処へきた『事情』を知っているのだろうか——。
　ロベルトがそれを問いかけようかと迷い始めた時には、もうリビングへついていた。暖炉を中心に不自然に点在するように配置された無数の布張り椅子に、三人の兄弟が座っている。
　袖章から軍の尉官だと分かる肋骨服の長兄は暖炉の前に陣取り、スーツの次兄は彼から一番離れた椅子に凭れていた。書生風の末弟は二人に関せずといった雰囲気で、パラパラと本を捲っている。
「遠いところをご苦労様です」
　立ち上がって出迎えた屋敷の主人で長男のエリセイに求められた握手に応じながら、ロベルトは人懐こい笑顔を浮かべた。
「こちらこそ、『機関』への出資を感謝します」
「祖国露西亜の為ならば、協力は惜しみませんよ」
　ハハハと笑ったエリセイに促され、ロベルトは客人用だろう長椅子へ腰掛けた。エリセイが挨拶続きに紡いだ雑談だったが、それは剣呑とした声に遮られる。
「莫迦らしい。早く本題に入りなよ。俺は友人を待たせてるんだ」
　軽蔑の視線で兄を一瞥したレナートの態度を「レナート！」と窘めて、エリセイは作り笑いでロベルトへ向き直る。何ともやり辛い雰囲気に、ロベルトは内心ため息を零した。そんな空気を、透明な声が裂いた。
「兄さん、彼女が怯える」
　イリヤが言うと、震える足をそろそろと一歩ずつ、振袖姿の少女がロベルトに近付いてくる。
「あ……あの、わ、わ私」
　大凡自己紹介は出来そうにない雰囲気を悟って、ロベルトが「この方は？」と問うと、エリセイが彼女の肩に手を置いた。
「亡くなられた伊橋博士の長女、陽毬さんです」
「何ということだ……！　こんなに若いお嬢さんを残されて」
　ロベルトは唇を噛み締めて、陽毬の手を取る。　
「さぞや無念だったことだろう。
　任せて、伊橋研究所から盗み出された最新型兵器の設計図は、僕が必ず取り戻してみせる。犯罪界の女帝・クリムゾンエンプレス率いる社交クラブの手から！」
「ロ、ロベルト君！」
　二人が熱い瞳を交わし合った時——、
「うわあああああッ！！」
　悲鳴が屋敷の中に響き渡った。何事だと一同が立ち上がると、タルトが扉を勢い良く放って部屋に飛び込んできた。
「大変です旦那様！　フットマンが——英二が！」