INFINITE†NIGHTMARE｜リアクション

INFINITE†NIGHTMARE

　いつにも増して暗いその夜、火の付いていない燭台がキャビネットの上に置きっぱなしのリビングで、外套を着込んだエリセイの背を、「待って」と誰かが呼び止めた。
　背中に抱きついてきた腕を取って、エリセイは低くため息を吐く。振り向かずともこれが誰かは分かっていた。——相手は、他ならぬ双子の弟なのだから。
「止めないでくれレナート、うちの家にはもう金がないんだ。『大会』の賞金がなければ、使用人を雇い続けることどころか、屋敷の維持もままならない」
「そんなこと分かってるよ！　でもあらゆる武術に精通したものが集い最強を決める異種格闘技トーナメントなんて優勝できっこない！」
　弟の必死な声を聞いて、エリセイは振り返り、レナートの頬を撫でた。

「ふおおおッ！！」

「……レナート……」
「………………リーセ？」
　どうしたのかと顔を覗き込む双子に、暫し固まっていたエリセイは小声で「あのさ」と打ち明ける。
「この後なんだっけ、タルトさんの叫び声で忘れた」
「俺も忘れた、なんだっけ……」
　
「『二人は幸せなキスをして終了』だよ。　エリ先輩、レナ先輩！」
　
　扉の向こうから覗いている浴衣姿のメイド役のタルトがアドバイスしてきた。
　

　二人は「いやいやいやいや違ったでしょ」「まだ続きあるから」と同時に首を振ったし、立ち聞きしてしまったエージェント役のロベルトも首をかしげたが、しかし皆で打ち合わせていた内容は、——ここはタルトが案を出したBLシーンだったので——大凡そのようなものだったのだ。兎にも角にも何となく思い出した双子は、ショウ・マスト・ゴー・オンの精神で場を仕切り直した。

「エリセイ、行かないで！」
「レナート——！」
　抱き合う二人の影がそっと重なろうとしていた瞬間。
　ガチャンと音を立てて、燭台が床へ落ちた。二人が振り返るとそこには梢が立っており、今見たものを否定しようと、必死に首をゆっくり横に振っている。
「嘘……でしょう？」
「梢さん、違うんだ、これは誤解で！」
「聞きたくありませんッ！」
　レナートの弁明を遮って、打ちひしがれた梢は、涙を隠すように顔を覆いながらパタパタと廊下を走っていった。
「レナートさん、この夏に知り合って、友達になった方。
　今日が……別れの時。最後のチャンス、あの人に気持ちを打ち明けようと思っていたのに！」
　全てをわざわざ言葉で吐き出しながら、梢はバルコニーへ飛び出していた。もう夜も更けているというのに、外が騒がしいのは、今日が祭りの日だからだろう。
「お祭り……。こんなことがなければ、レナートさんと行こうと約束していたのに……」
　折角この日の為に用意した浴衣も、髪飾りも、全てが無駄になってしまった。　
　手すりに縋って項垂れる梢だったが、悲しみの時間は、そう長くは続かなかった。
「梢さん！」
　レナートが現れたのだ。
「梢さん聞いてくれ、さっきのは誤解なんだ——。俺はエリセイとはなんともない」
「本当に？」
「ああ、本当だよ。エリセイは俺の兄なんだ、特別な感情なんてありっこないよ」
　後ろから肩に触れてきたレナートの手に、しなやかな手を重ね、梢はゆっくりと彼を振り返る。
「信じてくれ、俺が本当に好きなのは——」
「レナートさん……」
　二人が見つめ合い、距離が縮まる。
　その瞬間に打ち上げ花火が上がった。屋敷の庭で、ドンッと響く低い破裂音に混ざって使用人たちが歓声を上げるのが聞こえる中で、梢はレナートの耳元で囁き打ち明けた。

「お命、頂戴致します」
　
「——え、うごふっ！」
　梢の腕が空気を斬り裂き、握りしめた串がレナートの開いた唇をこじ開け刹那の間に侵入する。
「っぅ……ご、げ……」
　背中に絡んだ腕からがくりと力が抜けると、梢は冷たい瞳で絶命したレナートを見下ろした。
　彼の口には、イカポッポが突っ込まれていた。