【寄り道紀行】

「あっしは風来坊、しがない旅鳥でさぁ。明日には海か、食卓か……あっしにも分かりゃしねぇんでさ」
「はぁ……」
　屋敷野 梢は、まじまじ。目の前のお魚を、じいっと見つめます。
「……お嬢さん。そんなに見つめてもらっちゃぁ……照れっちまって、ベニザケになっちまわぁ」
　そう、彼は『☆☆☆☆☆ＵＮＲ　シャケ次郎』。梢の引いた『サンマガチャ』から現れた、さすらいのシロザケ。
　ひとしきりそんな直立したシャケを眺めまして、梢は程なく、こう結論付けました。
「はいはい、神魂神魂。いつものやつですよねー、事実はケータイゲームより奇なり！」
　もはや慣れたものです。
　とはいえその通り、ゲームアプリに宿った神魂の影響で現れたシャケ次郎は、梢へこんなことを言い出しました。
「お嬢さん、ここで会ったのも何かの縁、ってぇことで。ひとつあっしを、助けてくれちゃあくれませんかね？」
「何ですか？　どうせならもうちょっと可愛いキャラが良かったですけど、まぁせっかくですし！　付き合ってあげますよー」
　生物部部長たる彼女、どんなイキモノやナマモノであろうと、困っているのを見過ごせはしない！　と思ったかどうかはさておき、ともかく梢は、何やら困っているというシャケ次郎の頼みを聞いてあげることにしました。
「あっしは旅ガラス、風の向くまま気の向くまま、東へ西へ……とはいえ、一度行ってみたいところがありやしてね」
「どこですか？」
「北海道でさぁ」
　まさしく海を回遊し川を遡上するサケの本能のごとく、彼は北の地を目指しているのだそう。けれど、行けども行けども、どうしても別の場所にたどりついてしまうのだとか。
「つまり、方向オンチなんですね」
「お恥ずかしいこって……」
　要するに彼の頼みとは、北海道へ彼が無事たどりつけるよう、手助けをすること！
「ふむふむ。海を回遊すると迷っちゃうんですよね？　なら、誰かに送ってもらうとか、何か乗り物に乗ってくとか……着ぐるみだって言えば乗せてもらえませんかねー」
「いやいや、お嬢さん、それじゃあ意味がねえんでさ。あっしのこの足で、歩いてたどり着いてこそ！　それが旅の醍醐味ってぇわけでして」
　方向音痴で困っているワリには、こだわりと言うかワガママと言いましょうか、ともかくラクをするのはイヤなのだそうで。厄介な風来坊でありました。
　手伝うことはやぶさかではないにしろ、梢ははたと首をひねります。
「ふーむ。それじゃ、どうしたもんですかねー……お？」
　ふと、周囲をぐるりと見回したその時に、目に入るものが。
「ここは、道具に頼ることにしましょうか」
　折しも散歩中であった梢、近くに見えたのは……寝子島シーサイドアウトレット！
「例えばコンパスとか、地図とか……調理器具に、それを入れるポーチとか。コートも欲しいですねー、この際全部、あそこで揃えちゃいましょー」
「なるほどそいつがありゃあ、あっしも迷わねぇで済むってぇこってすな。ありがてぇ、姐さん！」
　いつの間にやらそんな呼び方になっておりましたけれど、ともかく、慕われたり頼られたりするのに悪い気はしないのです。彼女は生物部部長、何より生き物が好きで、
（それじゃ、このヘンな魚類を何とかして北海道に届けるゲーム！　を楽しみましょうかねー）
　……そして、ゲーム好きでありました！



　寝子島は、猫の島。歩けばそこらじゅうに猫がいますし、彼らの好物たるお魚なんて持っていようものなら、あっという間に人だかりならぬ猫だかりができてしまうことウケアイです。
　真境名 アリサの隣をのそのそと歩いております彼は、猫がニガテのようなのです……当然と言えば当然ですけれど。
「マンボウくん、大丈夫ー？」
　と尋ねれば、
「うんー。ボクねぇ、猫ねぇ、ニガテなんだぁー」
　間延びしたような、このしゃべり。全体的に、こう……ヌーボーっ！　とした、この佇まい。
　噂のゲームの無料ガチャを試してみたら、出てきたのは『☆☆☆ＨＮＲ　マンボウくん』……アリサは何だか、このヌーボーっ感がどうにも、ツボにハマってしまったようでして。
「もーっ、かわいいわね、マンボウくんってば！」
「あっ、あっ。お姉さぁん……猫が、ボクを、食べようとしてるよぉー」
「大丈夫よー、お姉さんに任せなさい♪」
　すっかりお気に入り！　周囲へ集まってきた猫たちを逐一、ごめんねー？　なんて言いつつちょっと退けてもらったり、追い払ったりで、マンボウくんのためにいそいそと立ち回っておりました。
　進むのにも苦労しつつ、ゆっくりとした彼の歩調に合わせて行く寝子島巡りも、悪くは無いものです。二枚のヒレをぱたぱたさせて、ヌーボーっと上を見上げたお顔はまん丸く、眺めているだけで、どうにも和んでしまいます。
　道をどっしりと塞いでいるデブ猫を、よっこいしょっと抱いて道の端っこへ寄せつつ、アリサはマンボウくんへ、
「そういえば、マンボウくん、サンマさんの幼馴染なんだっけ？」
「うんー、そうだよぉー。サンマさんとはねぇ、おうちが近くってねぇ、ボクら、なかよしなんだぁー」
　画面の中に見た彼の設定では、確かにマンボウくんとサンマさんは、家がご近所の幼馴染……ということになっているそうです。
「でもねぇ、サンマさんがお仕事でねぇ、ネコジマーっていうところに行っちゃったから、ボク、さびしくて、かなしくてねぇ。ぼーっとして泳いでたら、いつの間にか、ここに迷い込んじゃったんだぁ」
「あら、そうなの？　だったらちょうど良かったわね」
　とアリサが言えば、マンボウくんはやっぱりヌーボーっとして、ヒレをぱたぱたとさせてから、
「ちょうどいいって、何がぁ？」
「サンマさんに会いたかったんでしょ？　だから、寝子島に流れ着いて良かったわよねーって。サンマさんにも、そのうち会えるんじゃない？」
　つぶらな瞳をぱちぱち、ぱちくり。
「……ええーっ、ここ、ネコジマだったのぉ？」
　そんなトボけた感じにも、アリサはもう、きゅんっ！　と来てしまいまして、
「んもーっ、かわいいわーマンボウくん！　それじゃお散歩がてら、サンマさんを探してみましょうか？」
「本当ぅ？　ありがとぉー、お姉さんー」
　にっこりアリサは、マンボウくんの隣を、ゆっくりゆっくりと歩きます。



「あっしにゃあ、関わりのねぇこって……」
　なんて、彼はどこぞの風来坊ばりのセリフでうそぶくのですけれど。
　寝子島シーサイドアウトレットを目指して歩く、梢＆シャケ次郎……のはずが、梢はどうにも、この他愛のない道のりが果てしなく遠いもののようにも思えてきました。
　何しろ彼は方向音痴……加えて、彼の性格がまた、その歩みを遅々としたものにとどめておりまして。
「これにて、ご免被りやす」
「ありがとー！　シャケ次郎さん！」
　真っ直ぐな感謝を述べる小さな少年に見送られつつ、颯爽と立ち去るシャケ次郎……持っていた風船が木に引っかかり泣いている子ども、なんてベタなシチュエーション。気の無いそぶりで、彼はすっと手を伸ばし、それを取ってやったのです。
　それだけではありません。困っている人があれば助け、悪事など見つけようものならこれを正し、モメごとやらトラブルやらに出くわすたびに首を突っ込むという、絵に描いたようなお人よし……彼は義理人情に厚い、ヒーロー気質なのでした。
　後ろをついて歩きつつ、そんな彼を見つめる梢さん。
（そりゃあ、たどり着けませんよねー。北海道なんて）
　と呆れる間にも、声が届きます。
「わ、わぁー。お姉さんー、猫がまた、たくさんきたよぉー」
「うわ、これはちょっと、数が多すぎるわね……！」
　無数の猫に取り囲まれて、ニッチもサッチも行かずに立ち往生、なアリサとマンボウくん。
　すかさずシャケ次郎、迷いもなく言うのです。
「姐さん、ちょいと失礼しやす。なに、そうお手間は取らせませんや」
　どうやらまたしても、時間を食ってしまうようです。
　しゅたしゅた、駆けていくシャケ次郎を見送りながら……けれど梢は、ふっと笑って。
「……ま、嫌いじゃないですけどね。そういうの！」