濡羽色の空と踊れば｜リアクション

濡羽色の空と踊れば

【点と面】

　志波武道は軍服姿であることを逆手にとって、うっかり部室棟周辺に迷いこもうとする「ひと」や一般客を避難誘導していた。
（せっかく軍服姿なんだから、口調も威厳のある感じにしないとナー）
　武道は意識して声のトーンを一段階低くし、真面目な口調で人々をカラスから遠ざけつつ、
「ほらほら、カラスくんたちコッチダヨ～」
　と、ふざけた調子でカラスたちを挑発し、自分に意識を引きつけることも忘れない。
　そうしているうちに、気がつけば、随分な数のカラスたちが挑発に乗って自分を追いかけてきている姿が見て取れた。
（さて、ここらへんでいいかな……）
　そして、武道は走り続けていた足をピタリと止めて、追っ手のカラスたちへと向き直る。
　ざわっと空気が揺れた。
　ぴたり、とカラスたちが動きを止めた。
　追い詰めたのではなく、誘い込まれたのだと本能で察したのかもしれなかった。
「……悪いが、寝子祭の邪魔をさせるわけにはいかない」
　仮面の笑顔の隙間から一瞬だけ本気の表情を覗かせて、

「さぁウェルカム　カモォン☆」

　次の瞬間にはまた仮面を被って、志波武道は再び地面を蹴っていた。
（フツウのカラスじゃなくても傷つけるのは抵抗がある……。けど、この《スイ・マー》ならっ……！）
　武道の《スイ・マー》は、水を掻くように手刀で相手を突くことで、突いた部位の局所麻酔をかけるろっこんだ。様々な経験を経て、彼は突いた瞬間にその利き具合を把握することもできるようになっていた。
（突きが強すぎればまた分裂して増えてしまうかもしれない。けど、せめて、ろっこんが通用する相手かどうかだけでも見極めることができればっ！）
　次の瞬間には武道の手刀が一羽のカラスの胴の一点を突いている。
（よし、わずかだけど効いてる！）
　その刹那、武道は自身のろっこんがごくわずかに、だが、確実にカラスに影響を及ぼしていることを理解した。力加減も上手くいっている。
　一点に凝縮した力を麻酔とともに叩き込むことで、戦闘能力だけを奪い去ることができているようだった。

（うまく突く部位を調節すれば眠らせることもできるだろう。眠らせたあとどうするかは……後で考えるっ！）

　かくして、武道の戦いは続いていく。

　　　＊　＊　＊

　篠崎響也もまた孤独な戦いを強いられていた。
「くそ……。あれこれ試してみたけど、どれも決定打にならない……！」
　響也は自身のろっこんである《瞬間加速》を駆使し、素早く動きまわるカラスの攻撃を回避したり、不意を突かれた仲間を助けたりしながら周囲を如才なく観察し、カラスへの対抗策を見つけ出そうとしていた。
　だが、見つからない。
　いや、カラスに対抗する手段そのものは見つかっているのだ。
　ただ、響也が見つけたそれらの手段は、ろっこんの力で燃やしたり、飛んでくるカラスを捕まえて締め上げたりといった、特殊な能力や人並み外れた身体能力を要するものばかりだった。
（いくら《瞬間加速》っつったって、俺にはあんな離れ業はできない。けど、このままじゃ寝子祭がっ……）
　響也は焦れる。
　だが、焦燥感に駆られれば駆られるほどに思考は冷静さと精細さを欠いていく。
　と、そんなときだった。
「あ……」
　響也は校舎裏に放置されていた看板制作用の平たい木材を発見する。
（切ったり、殴ったりは言ってみれば『点』や『線』の力を加える攻撃だ……。『点』でも『線』でも駄目なら――）
「――『面』ならどうだっ……！」　
　響也は半信半疑の気持ちを抱えながら駄目でもともとの境地で《瞬間加速》しながらその木材をカラスごと地面に叩きつけた。
「……やった、か？」
　しばらく間を置いてから、おそるおそる響也は木材をどかす。
「……消えた、か。上手くいったみたいだな……」
　響也はほっと胸を撫で下ろす。
（よし、一つ収穫だな……。みんなに知らせないと）
　みんなの寝子祭を、フツウを守るために。
　響也の戦いも続いていく。