ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～ユメギワ空想楽団｜リアクション

ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～ユメギワ空想楽団

【親愛なる君へ】

　ハクア・クロスフォードの迷いは、時の流れとその長きに相応の重みを伴い、彼の胸へとのしかかり、やんわりと締め上げていくかのようです。
（……彼女が、俺を……とは、な）
　同僚。付き合いも長い彼女。時に助け合い、時に叱咤されながら、共に養い子を育て上げた仲。彼にとってはあくまで信頼のおける友であり、恋愛の情を向けようとは思いもよらない相手でした。
　その彼女から、自分に対する気持ちを打ち明けられた時……ハクアの胸に去来した、戸惑い。
　彼女はもちろん、ハクアの目にも魅力的な女性で、尊敬に値する人間でもありました。けれど、これまでなまじ距離が近かったためでしょうか？　ハクアは彼女の想いに、ひとひらとて気付いてはいませんでした。
　不覚であったと、彼は思います。そして、途方に暮れています。元よりあまり、感情を表に出すタイプでもありません……そんな自分が、彼女に対して、どのように答えを返すべきなのか？
（彼女を、俺が……愛すると？）
　想像が付かないのです。西欧の片田舎で、神父としてストイックに努めてきた彼は、実直で好ましくも不器用でした。
　視線の置き所を失い、まぶたを伏せてうつむいた、彼の頭上で。星ヶ丘教会の礼拝堂に、透き通った鐘の音が鳴り響き……その澄み渡る余韻に身を浸したとき。
（…………けれど。そうだな）
　彼は、気付きました。

♪『エレンの歌第３番』

フランツ・シューベルト / 演奏　ユメギワ空想楽団

　あるいは、いくつも並ぶ長椅子を埋めるように座っていた彼らが、唐突に奏で始めたその曲が、気付かせてくれたのかもしれません。
　自身の胸の中にも確かに息づいている、想いに。
（彼女と、そしてあの子とは、家族だった。ずっと、ずっと）
　確かに、そこには愛がありました。家族愛という名のあたたかな気持ち、固い絆が。それは恋や、男女の通わせる愛とは違うものであるようにも思えます……けれど。それでも。
　彼女を想う時、ハクアの胸はじんわりと、心地良い熱を帯びるのです。
　軽やかに鳴るピアノ、伸びやかで穏やかなヴァイオリン……そして、礼拝堂の中央を走る深紅のカーペットの上、降り落ちるステンドグラスの色を浴びながら歌うソプラノは、年の頃も彼女に近しい女性で、自然とハクアの脳裏に浮かぶのは、美しい彼女が自分に向けて笑いかける、輝くようなあの笑顔。
（彼女が……望むのなら）
　ハクアは、空間を満たす演奏と歌に耳を傾けながら、長い時間をかけて、ひとつの答えを導き出しました。いざ彼女を目の前にした時に、伝えるべき言葉も。
（こんな俺で構わないと、彼女が言ってくれるのなら。彼女が、自分を求めてくれるのなら）
　答えは既に、自分の中にあったのでしょう。
　見つけにくく、隠れてしまっていただけなのでしょう。
（自分が今、抱いている気持ちを。彼女に思いを馳せる時、浮かんでくるこの気持ちを、正直に……素直に彼女へ、伝えよう。そこから、始めよう。新しく、ふたりで）
　そんなのも、きっと悪くは無い。迷いが消え去った今、彼にはそう思えました。
「ああ……きっと、悪くない。そうだろう？」
　振り返れば、楽団員たちは彼の言葉への肯定を、より伸びやかに、高らかに伝えるがごとく。その演奏は、力を増していきました。

　奇しくも、そんな折。教会の屋根の上に、どこからともなく飛んできた、無数の白い鳩たちが降り立ちました。
　その様はあたかも、彼と、その伴侶となる女性の行く末を祝福するかのように、まるで純白のヴェールのように、ふわりと屋根を包み込んでいたのです。
　ハクアがその光景を目にすることは、ありませんでした……けれど、彼はいつか知るのでしょう。ふたりで歩み始めるその道行きが、どこまでも、明るい光に照らされていることを。