ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～ユメギワ空想楽団｜リアクション

ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～ユメギワ空想楽団

【代えがたい青】

　空に憧れた、あの頃。
　今度こそ、あの青さを。この手に。

♪『トランペット協奏曲』

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン
演奏　ユメギワ空想楽団

　九夜山の真っ只中、ふもとの街を一望する千年杉の枝の上。後木真央は、あの青空へと至るために苦心した準備の数々を、森の中へと響き渡るトランペットの音色と共に、脳裏へと振り返ります。
　彼女はまず、練習から始めました。いつもの走りにパルクールの動きを取り入れ、スムーズな体重移動や衝撃を殺す体さばきを身体に叩き込み、そして跳躍可能な距離を確かめ、把握しました。
　下見もバッチリ、何度も足を運んでは、疾走を可能とするのに十分な太さ・長さの枝と、そこから放物線を描いて落下した先、着地場所として足る強度を持つ樹木を探し、ピックアップしました。入念に確認し、勢いのままに突き刺さってしまいそうな鋭い小枝は、鉈を振るって断ち落としておきました。
　何度も、何度も、直前までの動作を繰り返し練習し、タイミングを掴み、もはや完璧だと思われるレベルにまで習熟し、確かな自信を手に入れたところで、真央は本番の決行を決めました。
　着込んだ学校指定のジャージ。軍手もぎゅっとはめて、落下時に風で目標地点を見失わないようにと、ゴーグルだって用意しました……競泳用ではありましたけれど。
（……真央ちゃん、きっとやれるのだ）
　ごくり、と唾を飲み込みます。
　恐れは、当然ありました。何せ一度、掴み損ねた空です。あの痛みは未だ思い出から消え去ることなく、油断すればすぐにも真央の心を絡め取りました。
　それでも。真央は、諦めることができませんでした。
　１０年越しの勇気を奮い立たせ、チャンスを与えてくれたのは、きっと彼らのおかげなのでしょう。白いスーツを着た楽団員たちは、トランペットを始めとした吹奏楽器を奏でて真央を鼓舞しながらも、樹々の合間を通してちらちらと彼女を見上げ、一様にはらはらとした顔を浮かべています。
　彼らの心配はもっとも、真央にだって、馬鹿なことをしているという自覚はありました。もし、大きなケガでもしてしまったら？　そもそも、命を失くすかもしれません……ちゃんと、彼女だって理解しているのです。
　そして同時に、今ここで踏みとどまってしまったら、怖気づいてしまったなら。
　二度と、もう二度と、あの空へ飛び立つ機会は訪れないことも。
「やれるのだ。きっと……飛べるのだ！」
　だから真央は、他ならぬ自分へと、そう告げてから。
　駆け出しました。太く長い、足元をしっかと支えてくれる、千年杉の枝の上を。全力で！
　飛び立ちます。憧れ、焦がれた、あの青い、青い……空へと！

　身を縮め。助走の勢いに任せて、宙を滑空し。
　手を振り回して、空を。
　青空を、この手に。

「う、あ……ッ！」
　ばしばしと全身に枝葉がぶつかり、切り傷擦り傷、打ち身をこさえながら、真央は落下していきます。目測を誤りました。飛距離は少しばかり足りず、目を付けていた着地点たる枝は既に遥か上方、放物線を描きながら落ちる真央、凄まじいスピードで流れていく視界。
　けれど、耳にはっきりと届く、トランペットの音……無謀なチャレンジを見守りつつ、少しもメロディを乱さなかった楽団員たちに、真央は救われました。
「ッ！　ここ、なのだあーーーッ！！」
　がん！　と、固いもの同士が激突する、硬質な音が響き……ぴしりとヒビの入った、ゴーグルの向こうで。
　真央の瞳が、にかっ！　笑いました。
　着地と言うにはあまりに激しく、乱雑で、それに不格好ではありましたけれど……どうにか幹へとしがみつき、速度を殺すことに成功した真央。成し遂げたのです。空を掴むという、あの日から恋い焦がれていた夢のひとひらを、手に入れたのです。
　その手に。その胸に！
「へ、へへへー。やったのだー」
　ずるり、ずるりと少しずつずり落ちながら、樹を下っていく真央の、疲れた……けれど満足に彩られた笑顔を、ほっとした表情の楽団員たちが、ファンファーレで出迎えました。

　なぜ？　どうして、そんなことを？
　問われれば、真央はこう答えることでしょう。
「あの空が、とんでもなく青かったから！」