ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～ユメギワ空想楽団｜リアクション

ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～ユメギワ空想楽団

【毒島虹子のスラッシャー・オペレッタ】

　絢爛豪華なステージは、彼女のための舞台。
（あらあら。今夜は、私が駒なんですのね？）
　フリルがたっぷりの美しいドレスを身に着けた虹子は、そのイメージを崩さないようにと、努めて上品な微笑みを浮かべます。
「……ご無事でしたか、虹子姫！」
　息を切らして駆けてきた、端正な顔立ちの青年。頭に王冠を乗せた彼は、王女である虹子の母国と長きに渡り戦争を続けている、敵国の王子その人。虹子とは、互いに想いを寄せる仲……という設定のようです。
「なるほど、禁断の恋！　というわけですか。ふふっ、楽しくなってきましたわねぇ？」
「虹子姫、ここは危険です。急ぎこれを身に着け、私と共に、いずれの国の者たちも手の届かぬ新天地へ……さあ！」
　王子が差し出したのは、虹子が纏うドレスに比べれば、いかにもみすぼらしい質素な服。
「何不自由なく育てられてきた王女が、辛く険しい逃避行へ。村娘の装いに身をやつしてまでも、愛を貫く……なんて、そんな感じでしょうか？　ええ、心得ましたわ、私の王子さま♪」
　ふたりは共に貧しい庶民の服装へ着替えると、手を取り合って駆け出します。敵国同士に生まれ、決して結ばれることのないはずのふたり……けれど、その愛は残酷な運命をも切り裂き、今、ハッピーエンドへと向かって一直線に突き進むのです。

♪『イゾルデの愛の死』

リヒャルト・ワーグナー / 演奏　ユメギワ空想楽団

　……そう。これは、ハッピーエンドで終わる物語。舞台の両脇にずらりと並ぶ彼ら、ユメギワ空想楽団が奏でる演奏はどこか重苦しく、幸せなふたりの行く末を表現する楽曲としては、ひどく不釣り合いであっても……紛れもなく、舞台は、幸福なラストシーンを迎えようとしていました。
「よくも裏切ったわね、王子！」
「お、お前は……！？」
　他の誰でもない、虹子にとっての、最高に幸せな結末を。

Mild und leise wie er laechelt,wie das Auge hold er oeffnet,
seht ihr's, Freunde? Seht ihr's nicht?
　現れた女は、自分こそが王子の真の恋人であるのだと、ヒステリックな調子で叫びました。
「違います、虹子姫！　私が真に愛する女性は、貴女、ただひとりで……」
　その言葉の半ばで、王子は女の振りかざしたナイフに胸を貫かれ、絶命しました。鮮血がぷしゅうと吹き出し、虹子の頬を彩ります。

Freude! Seht! Fuehlt und seht ihr's nicht?
「てめぇ、他の男に色目を使いやがって！」
　続いて現れた男は、自分は女の夫であるのだと、不貞を働いた妻を許すことはできないと、口から涎を吹きながらに叫びました。男は妻の首に両手を首にかけると、顔が真っ赤になるほどに力を込めて、ぼきりと折って殺しました。
　がしゃがしゃと鎧の音が響き、現れた軍隊は、刃を胸に突き立てた王子の亡骸を目にするなり、
「貴様ら……！　我らが王子の命を奪ったその罪、極刑に値する！」
　と、既に事切れた妻もろともに、男を槍で穴だらけにしました。虹子は、すぐにも広がった生ぬるく赤い水たまりへぱしゃりと足を浸して、にっこり。
「ご無事ですか、王女よ！」
　現れた、虹子姫たる彼女の王国の兵士たちだって、黙ってはいません。次々にしゅらんと剣を抜き放つと、敵国の兵たちへと切っ先を突きつけ、
「我らが王女をかどわかしたとあっては、許しておけぬ。王子の首を斬り落とし、お前たちの王の元へ送りつけてくれよう！」
「何を！　王子をたぶらかした淫売の王女もろとも、剣の錆としてくれる！」

In dem wogenden Schwall,in dem toenenden Schall,
in des Welt Atems wehendem All,ertrinken, versinken, unbewusst,
……hoechste Lust!
　楽団の演奏は最高潮を迎え、戦が生み出す甘美な血煙と悲鳴を堪能し、虹子は幸福に満たされて。
「ああ……もう、最高ですわぁ！」

　おびただしい骸と、彩り鮮やかな赤一色に染め上げられた舞台の上で、虹子はスカートの裾をついと指で吊り上げ、優雅に一礼を。
「ふふっ、とっても楽しかったですわぁ♪　胡乱路さんも、見ていて下さったかしら？」