ふわりふる真珠、月の都の異邦人｜リアクション

ふわりふる真珠、月の都の異邦人

転：花降る庭で

　宇崎宙太郎は、のんびりとドームの中で雪を眺めていた。彼は前の戦いの際白鋼が用意した透明のドームがとても気に入っていた。この中では彼のろっこん『マーチヘア　オン　ムーン』の発動条件が満たされる為、無重力状態が楽しめるのだ。
（真珠の雪が降る異国の都を空高くから眺めつつの昼寝とか……景色も気分も最高じゃん？）
　ゆったりした気分でうとうとしていた宙太郎は、ふと、ドームの上に花びらが落ちている事に気付いた。サザンカにも似た白い花びらだ。ほんのりとやわらかく光る雪と、真っ白な花びら。その２つを、宙太郎は夢見心地で眺めていた。

　羽生碧南は、真珠飴を口にしながら庭園の東屋で身を休めていた。傍らには老執事の透がおり、花の説明をしてくれていた。
「こちらの花は、真珠雪が降る頃に咲き始めます。その為、雪待ち花とも呼ばれているのですよ」
「ふんわりした雪とはまた色合いが違って綺麗……」
　碧南はゆったりとした気持ちで花と雪を眺めながら、ちらり、と透を見た。彼もまた、『シルヴェニアの天秤』に登場した初老の執事（非攻略対象ながら人気が高く、続編では攻略対象キャラクターに抜擢されたらしい）にどことなく似ていた。その為、こっそり妄想が捗っていたりする。
（そういえば、このシチュって……ヒロインが悩んだときに庭園へ連れてきてくれた時のにそっくり。泣いてしまったヒロインの涙をそっと拭って、『笑ってください、お嬢様』って深みのある声で言ってくれるのよね！）
　うっとりとした表情を浮かべる彼女に、透はくすっ、と笑って……花を髪に挿す。きょとん、とした彼女に、透は穏やかに言った。
「貴方さまに、お似合いですよ。この花が似合う乙女は、幸せな花嫁になれる、という言い伝えがあります」
「幸せな、花嫁？」
「はい。戦士たる者の心を笑みで癒す、幸を呼ぶ花嫁故に、大切にされるのです。きっと、貴方さまも、その素質があるのでしょうね」
　逸話に、少し頬を赤くする碧南に、透は優しい笑みで頷いた。
　そこで現れたのは、椿美咲紀であった。彼女はのんびりと庭園を回っていたのだが、偶然にもココに来たようだ。
（月の世界にも、こんなに綺麗な花が咲いているんですね！）
　美咲紀は白鋼に許可をもらい、写真を取らせてもらっていた。後から地球の花々と見比べるためである。彼女は透の姿を見つけると、一礼した。
「あの、少しお聞きしたいことがあるのです。この庭にはどんな植物を植えているのでしょう？」
　美咲紀は、おそらく次の季節に向けた花々もあるのだろう、と踏んでいた。透はにっこりと笑って頷く。
「雪の季節が過ぎると、今度は『春呼び花』と呼ぶ花が咲きます。こちらは薄い黄色をしていて、とても愛らしい花をつけるのです。その次には、白鋼様の御印にも使用されている『月光桜』が咲きます。こちらは、純白の凛々しい花ですね。でも、香りはとても良うございます」
（まぁ！　やっぱり、そうですよね！！）
　美咲紀が目を輝かせていると、透は懐から本を取り出し、春呼び花や月光桜を見せてくれた。春呼び花は桃の花が淡い黄色になったような感じがし、月光桜は純白の桜で、その絵からはふわり、と甘い香りがした。
「いい香りですね」
「毎年、月光桜が散る頃になると子どもや乙女達はこぞって花びらを集め、甘く煮るのです。さすればジャムになります。花びらを乾燥させて茶葉に混ぜて飲むものも少なくありません」
　碧南が思わず呟くと、透がのんびりと説明してくれる。そして、彼はくすり、と笑う。
「よかったら、月光桜のお茶を飲んでみませんか？」
「是非！」「飲ませてください！」
　美咲紀と碧南は、目を輝かせてお願いした。