過去と今、夢と現、そして影｜リアクション

過去と今、夢と現、そして影

　歪みの世界でミッシェル・ナイスゲイが出会ったのは、整った顔立ちの男だった。
「いや～ん！　こんなところでイケメンゲットだなんてついてるわ～ん♪」
　くねくねとしながらそこまで言ったところで、ミッシェルは男の背を彩る悪魔の羽に気付く。
　それが、記憶の引き出しを開ける鍵となった。
「って、ヤダ！　アナタあの時の……クローネちゃんの世界の！？」
　その言葉に、悪魔は整い切った笑みを口元に乗せる。
「覚えていただけていたとは、光栄ですね」
　クローネの世界に飾られていた絵の中の牢獄で見たのと同じ、うっとりするような笑顔。
　彼から鍵を貰ったことで、ミッシェルはクローネに資することができたのだった。
「アナタのお陰で、クローネちゃんの敵を現実世界に戻せたわん♪　ありがとねん♪」
　感謝の気持ちを伝えて、あの時の続きのように名を名乗る。そうしてミッシェルは、
「ねえ、イケメンなアナタのお名前は？」
　と、身をくねらせながら悪魔にも名を尋ねた。
　悪魔が、軽く肩を竦める。
「さあ、なんと名乗ればいいのか。ワタクシは彼女の記憶の欠片でしかありませんので」
「記憶の欠片？」
「ええ、ワタクシは恐らくは彼女の記憶が描く絵の中に生まれた、幻のような存在です」
　そう応じて優美に笑んだ後で、しかし名無しではやりにくいだろうと悪魔は言った。
「便宜上、ブブ・ベルゼとお呼びください。今も生きているか果てたかもわからぬ、本物のワタクシの名です」
「わかったわん、ベルゼちゃんね♪　……そういえば」
　ミッシェルはふと、ずっと胸の内に引っ掛かっていた問いを、ブブ・ベルゼへと投げる。
「もしかして、クローネちゃんのことが好き過ぎてあの牢獄に監禁したの？」
　絵の中の牢獄で、ミッシェルはベルゼに「彼女によろしくお伝えください」と言われた。
　そして、その旨を確かにクローネに伝えたところ、
「クローネちゃんったらとびきり苦い顔になっちゃって」
　当時の状況を伝えて、「２人の間には何があったの？」と問いを重ねるミッシェル。
　と、その時である。
　うぞぞ、と何かおぞましいものが蠢く音が辺りに響いた。
　闇よりも濃い色をした影の化け物達が、幾らともなくこちらを目指して進んでくる。
「もうっ！　ゆっくり話もできないじゃない！」
　憤慨しきり、それでもミッシェルはちゃっかりベルゼと手を繋ごうとして、
　――ばちんっ！
　何か不思議な力に、それを阻まれた。
「ああ、失礼」
　薄く笑うベルゼだが、その目が、自身に触れることは許さないと言っている。
　だが、ミッシェルはめげなかった。

「とにかく、イケメンとらぶらぶデートってことに変わりはないわ～ん♪」
　危険な世界のど真ん中でもミッシェルは何のその。
　駆けるベルゼの隣を、ミッシェルはくねくねしながら併走する。
「あの影って、不安とか恐れとか、そういう感情が実体化したものかしらん？」
「さあ、どうなのでしょうか。忌々しいことだけは確かですが」
　見覚えのある牢獄の前を、通りすぎる２人。
　ふとそれに目を引かれたミッシェルが、偶然、すぐ近くの小さな電器店の存在に気付く。
　そのまま中へととび込み、ややあって、ミッシェルはバッ！　と店内からとび出した。
「影といえば光よねん！　強い光だと影が濃くなるから、淡い光で対抗してみるわ～ん！」
　手の中には、店から拝借したＬＥＤ懐中電灯。
　光の量を調節して、影を薄く照らし出すミッシェル。
　影達が、僅かに怯んだ。その動きが止まる。
「今のうちよ～ん！」
　影との距離を離しながら、走る、走る。
「先ほどの問いへの答えですが」
　足は止めないままに、ふと、ベルゼが言った。
「ワタクシは彼女を好いているか。本物が心変わりしていなければ、イエスです」
「じゃあ、やっぱり溢れる愛のままに監禁を――」
「ですが、彼女とあの牢獄とワタクシの心情の関わりについては、筆舌に尽くし難い」
　ミッシェルの言葉を、ベルゼがやんわりと遮る。
　じきに、２人は《駅舎》へと辿り着いた。
「さて、お別れですね。また影が現れないうちに」
「あん、待って！　……あの絵の中で聞いた、アナタの『利』って何なのかしらん？」
　悪魔らしく怒りや悲しみなどの負の感情を集めること？　と続けるが、
「誤魔化しに聞こえるかもしれませんが、それはもう色々と。欲というのは、絶えることを知りませんので」
　そう言い残して、ベルゼは《駅舎》の中へと去っていく。
「ああん！　色欲の悪魔なら大歓ゲイだったのに～！」
　ミッシェルの悲痛（？）な叫びが、やがて無人となる歪みの世界に木霊した。

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