灯 斗南はいたって無趣味な男だ。音楽にもオシャレにも部活動にも勉強にも興味がない。そんな彼だが毎週必ず欠かさず見ているのが特撮ヒーローもの、「マスカレイダー」シリーズである。元々は昭和に作られたマスカレイダーを平成になって復活させるとそのシリアスな展開と主人公ダイゴ役の俳優の熱演から人気沸騰、以降シリーズ化されている。
星児の予想通り、忠光と玲の二人はすでに現場にいた。そこで二人が目にしたのは炎を操る異形の大男。
演神者イフリートの姿だった。
「こんな時火村君がいてくれたら」「ダメよ…あいつにマルスの仮面は預けられないわ。もし完全にアレスになっていたら誰も彼を止められなくなる…。」「しかし…」
自分はマスカレイダーじゃない。だが、マスカレイダーならこんな時どう動くか。…答えは決まっていた。
素早く着替え外へ飛び出す星児。忠光達も事件を止めるため動いているはずだ。バイクにまたがり疾走する。
だが、だが、それでいいのか?本当にそれでいいのか?星児は思い出す。何故自分はマスカレイダーを名乗ったのかを。
マスカレイダー。それは都市伝説に登場する謎のヒーロー。この世に悪がある限り必ず現れ人々の自由と平和を守る正義の味方。
もうそんな伝説を信じる歳ではないが、心の中でまだマスカレイダーに憧れる自分がいる。だからあの時、自分からマスカレイダーを名乗った。
『緊急ニュースです。◎◎町のショッピングモールで原因不明の火災が発生しました』
『ショッピングモールに続き今度は市役所で同じく原因不明の火災が』
突如として流れる緊急ニュース。星児はベッドで聞いていた。「これって、まさか…」演神者の仕業。星児の脳裏に浮かぶ言葉。しかしそれを打ち消す。もう自分には関係ない。あんな連中に関わって何の得があるって言うんだ?
その頃…闇の中立つ人影が。「そろそろ「そろそろ」そろそろ」「劇を再開しようとするか「しようか」」
「今日は誰に「誰に」行ってもらおうかな「かな」」
「”無貌”様、ここはこのイフリートに任せてもらえませんか」赤い仮面を被った男が背後から”無貌”に声をかける。
「そうだね「だな」今回は君に任せてるか「頼んだよ」」そう言って”無貌”は姿を消す。
思い出して腹が立ってくる。あの時は必死になっていた。目の前の敵を倒す。それが第一の目的だったはずだ。自分はそれを果たした。なのに二人は自分の戦いが間違いだったと言って来た。
「あー、腹が立つ。二度とあいつらと関わるもんか」
だが、そうやって忘れようとしても忘れられないのはあのマルスとなった時の高揚感。
あの時の自分は間違いなく”主役”だった。
「あ、はい、はい、そうですか…」落胆した表情で携帯を切る星児。「また落ちたのかよ…」
これで20回目のオーディション落選である。
『役に熱中するのはいいけど、途中で熱くなりすぎなんだよね、そこが問題なんだよ』必ずと言っていいほど理由として言われるその言葉。
それがヘルメスとの戦いの時、アレスと化した自分とダブる。
第四幕 「役者の力量」
ヘルメスとの戦いから数日、忠光達は星児になんの連絡もよこさなかった。そして演神者によると思われる怪事件もなりを潜めていた。星児は完全に元の日常に戻っていたのだった。
長い事放置していたマスカレイダー・マルス、いい加減アイディアも浮かんだことだし再開しようかと思います。続きを気にしていた人、ごめんなさい。興味ない人、別の意味で申し訳ないです。
星児が気が付くと、忠光と玲が険しい顔で彼の顔を見ていた。
「…残念だが、君にマルスの仮面をもう使わせられない」「あなたは途中からマルスではなく暴力と闘争の神アレスになりきっていた。私たちにはアレスは必要ないわ」
そう言ってマルスの仮面を取り上げ二人はどこかへ行ってしまった。
「な、なんだよ、俺はただ戦ってただけで…そりゃ途中からカッとなって…」自分がヘルメスの足をへし折った記憶が蘇ると、そこから先は何も言えなくなった星児であった。
第三話 終幕
ヘルメスの仮面が砕かれ人間の姿に戻った少年に向かってさらに拳を振るおうとするマルス、いや、アレスと化した星児。だがその動きが突然止まる。「こ、こんなの…主役のやることじゃねぇだろ…」次の瞬間、仮面が外れ元に戻る星児。そしてそのまま倒れ伏せた。
だが仮面は砕けない。当然だ。仮面をわざと破壊しない程度に加減して殴っているのだから。しかし、殴り続けていくうちにひびが入り、ヘルメスの仮面が破壊され、元の少年の姿に戻る。
「あれは…マルスのもう一つの顔…ギリシャ神話の暴力と闘争の神、アレス…」その様を見届けた忠光は呻くようにそう呟いた。
そして押し倒したヘルメスの足を脇に挟み、思い切り力を入れる!『う、ま、まさか』「足の速いのが自慢だったら…」足にかける力がどんどん強まり、そして、鈍い音を立て捻じ曲がった。『うわぁぁぁぁ…っ』足を破壊されもだえ苦しむヘルメス。「無様だなぁ、何が演神者だ。足折られた程度でピーピーわめいてんじゃねぇよ!」押し倒した体勢を崩さず拳を構えるマルス。その拳がヘルメスの顔面に叩き込まれる。
その体勢が今までと変化する。腰を落とし、じりじりとヘルメスにすり足で近づいていく。だが、変化したのは体勢だけではない。白かったボディが黒く変色し、凶暴な気を発しだしたのだ。『このオーラ、まさか…?』ヘルメスが一瞬動揺した次の瞬間、マルスは電光のような速さでタックルし、ヘルメスを押し倒した!
そしてヘルメスが不意に出した足払いで転倒させられてしまう。『所詮君は巻き込まれて成り行きで演神者になったミスキャスト。主役には程遠いね』「ミス、キャスト、だと?」ヘルメスの言葉に過剰に反応するマルス。その全身から今までとは違う暗いオーラが立ち込めた。「あれは…!?」その様子を見て驚愕する忠光「いかん!冷静になれ!そのままだと…」「うるせぇ!黙ってろ!!」忠光の警告を無視してヘルメスに対峙するマルス。
「くそっ、このっ!」自慢の拳が空を切り、焦るマルス。『滑稽だね。まるで初心者がダンスを踊ってるみたいだ。いや、もっと無様かな?』「て、てめぇ…!」挑発されむきになって拳を振るうがかすりさえもしない。一瞬で千里を走るヘルメスのスピードにまったく付いていけないのだ。
「行くぜ!」先手必勝と言わんばかりにまっすぐ殴りに行くマルス。だがその攻撃をいともたやすくかわすヘルメス。『遅い遅い、そんな攻撃僕には通用しないよ』まるで風を相手にしているような軽やかなステップでマルスのラッシュをことごとく回避していく。
「へへっ、面白い。やってやろうじゃないか」と、星児は懐からマルスの仮面を取り出し「変神!」【アクト・マルス】マルスの姿に変化する。ヘルメスを指さし「待たせたな、主役の、マスカレイダー・マルスの登場だ!」と見えを切る。
「油断するな、ヘルメスはギリシャ神話のオリンポス12神の一柱を担う神、今までとは違う!」忠光が変身したマルスに呼びかける。
「ヘルメス!ギリシャ神話の風の神であり盗賊と商人の守護者!!」忠光が演神した少年の演ずる役を見破る。「さあ、第三幕の始まりと行こうじゃないか」ジリリリリリリリ…どこからともなく鳴り響く開演のベル。次の瞬間周囲の空気が変わる。「この倉庫が今回の舞台になった。さあ、楽しませてくれよ、マルス!!」
そこにいたのは平凡な服装の少年だった。「風で声を拾ってここまで来た甲斐があったってものだね。」
「まさか、お前も演神者(プレイヤー)!?」「そう、僕は…」少年は懐から空のように青い仮面を取り出し装着した。【アクト・ヘルメス】閃光と共に姿を変える少年。そこにいたのは青いボディにギリシャのトーガ風の衣をまとったスマートな神の姿があった。