ゾンビシナリオ中に、握利平が思い返した映画
1
夜が明け、ブラインドの隙間からオフィスに日が差し込んで来る。
疲れ切った目と脳に、容赦なく刺さる光を手で遮り、同じ姿勢の相棒を見て苦笑を洩らす。
「酷え顔だ、マイク」
向かいの席で同じく苦笑いを浮かべている相棒は、無精髭をこすりながら答える。
「ジョン、俺の顔がどんなに酷いか知らないけどな、お前の額に5本だけ生き残ってる老兵達は、最後の力を振り絞って叫んでいるぞ?」
そう、俺はジョン。
そして、俺の生き残った老兵。つまり額に取り残された5本の髪の毛をディスっていやがるのがマイク。
俺の相棒だ。
「マイク、そのジョークは聞き飽きた。こうだろ? こんな孤独な戦場、逃げ出してやる!」
何が面白いのか理解出来ないジョークで、相棒は手を叩いて笑い始める。
うんざりした俺が立ちあがると、相棒は笑いながらこちらに来て言う。
「悪かった悪かった、ジョン。コーヒーだろ? 俺が淹れて来てやるよ」
ひくつく口角を無理に抑えた相棒が、俺の肩を叩く。
相棒の謝罪を快く受け入れた俺は
「ああ、徹夜明けのボケた頭を覚ましてくれるような、濃いヤツを頼むぜ」
「OK。老兵達が驚いて逃げ出さない様に、とびきり薄目に、だな?」
間髪入れずブチ込んで来た相棒に、俺は黙って中指を立てる。
2
相棒との付き合いは12年になる。
4年間は只の顔見知り。
だが、どんなに印象の薄い知り合いも、新しい町の同じ職場で再会すれば一緒に行動する十分な理由になる。
腐れ縁の失礼な親友が出来あがりってワケだ。
30手前で頭髪に別れを告げた俺と違って、ハンサムな相棒はとにかくモテる。
ところが誰に義理立てていやがるのか、その手の女に見向きもしない。
俺はしょっちゅうダシに使われ、時においしい思いをしたりもする。
悪い事ばかりじゃない。
そういう事だ。
「ジョン? 何してるんだ?」
両手に湯気立つコーヒーカップを持った相棒が、俺に問いかける。
親切な俺は、勿論丁寧に答えてやる。
「マイク、俺等の関係を不思議がる誰かさんに、必要な説明をしてたのさ」
肩を竦める相棒からコーヒーカップを受け取ると、一口啜って俺はむせた。
「苦過ぎる。何だこりゃ?」
相棒は更に肩を竦め
「お前のリクエストだろ?」
俺の要望は却下された訳じゃなかったらしい。
日の光にもだいぶ慣れた、窓辺でモーニングコーヒーと洒落こもうか。
3
窓から朝のオフィス街を見下ろした俺達は、固まっていた。
この時間、閑散としているはずのオフィス街は、奴等で賑わっていた。
そう、血を流したり、もげた腕を咥えたり、ひしゃげた首で歩き難そうにしてる、なんて言うか、所謂、ゾンビだ。
「アレは、アレか? アレだよな? ゾンビ、だよな?」
寝ぼけて頭の回らない相棒が、頭の悪い言い回しで問い掛ける。
いや、すまない。
俺だって、アレを他にどうやって言い現わしていいのか解らない。
「おお、ゾンビ、だな」
案の定、返す言葉も寝ぼけている。
「なんだ? なんでだ? 昨日まで、作晩まで普通のオフィス街だったじゃないか。俺が夢を見てるのか? 政府の秘密機関がやらかしたのか? 太古の墓でも掘りだしたのか?」
相棒は、俺に説明を求めている。
冗談じゃない。
「落ち着けマイク、喚いても何も変わりはしねえ。作者が『数時間前』なんてテロップ付きで解説してくれるのはヒーローかヒロインに対してだけだ」
そう、俺等端役に対して、物語は残酷だ。
「とりあえず、だ。下の警備室まで行って武器を調達しようぜ。俺は、早く家に帰って寝たい」
喚く相棒を促して、俺達は警備室に向かった。
ヤレヤレだ。小太りハゲがハンサムをリードするお話なんて、誰が見るんだ?
「ジョン、誰と話してるんだ?」
相棒が不安そうにこちらを見ている。
「誰って? 俺を愛する、まだ見ぬフィアンセにだよ」
最高の笑顔で答えた俺を、相棒は複雑な表情で見つめた。
4
ファック!
なんて間抜けだ俺は。
チーン、と音を立ててエレベーターの扉が開いたら、数体のゾンビが一目散に襲って来やがった。
到着を知らせるエレベーターの音が、奴等にはトースターかレンジの音に聞こえたに違いねえ。
俺等は焼きたてのトーストか、温まった弁当ってワケだ。
群がるハラペコ共を辛くも前蹴りで押しのけた俺等は、ダッシュで警備室へ向かった。
幸い奴等は小走り程度にしか走れない。
行き着いた警備室で、太った警備員ゾンビをタックルで倒し、奪った警棒で頭をかち割る。
元警備員は、それで動かなくなった。
「やっぱり、頭を潰すと動かなくなるんだな」
お約束だな、と顔色の悪い相棒が答える。
俺は警棒を投げて寄こし、元警備員の腰からデカい銃を抜き取る。
何の銃かって? 知らねえよ。
デカイからマグナムだな。
相棒は警備室のドアに鍵をかけ、追いついて来たゾンビ共を閉め出す。
受付窓から侵入しようとする、ブロンド女のゾンビを俺は、マグナムの引き金を引いて仕留める。
死体? がハマって、奴らの侵入を防いでくれた。
狭い警備室内の、緊張が緩む。
ドアを叩く音とうめき声のBGM付きではあるが、とりあえず落ち着ける場所を確保出来たようだ。
相棒が、ドアを背にして力が抜けたように座る。
俺は椅子に座って、片足でブロンド女の死体を押さえていた。
しばらくの、沈黙。
5
今後の相談を持ちかけようとした俺を制して、ますます顔色の悪くなった相棒が語り始めた。
大学で出会った頃の事
仕事場で再会した時の事
2人でバカをやり、警察に追われた時の事
ビーチでナンパに失敗して、バカンス先で2人きりだった事
「死亡フラグって知ってるか?」
優しい俺が教えてやると、突然、相棒はベルトを外してケツを晒した。
鍛えられたムキムキのケツには赤く、歯型がついていた。
「もう、死ぬからな。大丈夫さ」
相棒は哀しそうにケツをしまった。
俺はマグナムの銃口を、相棒の頭に向ける。
「酷い顔だな」
相棒が言う。
「お互い様だろ」
俺が返す。
「薄毛のお前の方が酷いに決まってる」
相棒が笑う。
「老兵は死なず、だ。あの世に1本持って行くか?」
俺が笑う。
「いらないよ。大事な、戦友だろ?」
相棒が泣く。
俺は、黙って、マグナムの撃鉄を起こした。
「なあ、ジョン。一つ言い残した事がある」
「なんだ?」
ハンサムな顔を台無しにして、相棒が告白する。
「俺、ゲイなんだ」
ーーーー。
乾いた破裂音が、続いて重い物が倒れる音が、室内に響いた。
「知ってたよ」
俺は銃を置き、硝煙臭い手で、顔を覆った。
俯く俺の背後に、動かなくなったはずの、元警備員が立っていた。