【絶品！　空魚料理】

「今度は、空魚の味を堪能しますよー！」
　快適かつ心躍る空の旅を満喫した屋敷野 梢は、船を下りると真っ先に、今度は街の中央広場から伸びる道へとやってきました。
　わいわい、ざわざわと賑わう路地の両脇には、ずらずらずらりと並ぶ出店が、ぎっしりと軒を連ねております。それぞれに、新鮮な空魚を捌いたり、焼いたり……もう、あんまりにも良い匂いが漂っておりまして、ここへ連れて来られてきてからずっと、気になっていたのです。
　同じく出店でお食事を、ということで同行しておりますのは、薄野 五月に毒島 林檎、それに、
「……ん。鈴原、一緒に行くか？」
「あ、行く行くー！　わたしも空飛ぶお魚、食べたいんだよー♪」
　幼馴染の一見ぶっきらぼうなお誘いに、嬉しそうにてててとやってきた、鈴原 天音です。一見でこぼこなおふたりですけれど、林檎ちゃんの心中は相変わらずこれこのとおり、
『天音ちゃんとごはん、ごはん♪』
　といった感じでありますもので、何だかんだで仲良しなのです。
　五月の足元へは、自分も連れてって！　と言わんばかりに、とててて、と駆け込んできた白黒アルク。懐っこい彼を、五月はひょいと抱き上げますと、
「美味しそうな匂いですねー、アルクさんも一緒に、食べに行きますか？」
　尋ねれば、にゃおん！　ゆるやかにしっぽを振ってご機嫌な様子に、五月もにっこり。
　そんなアルクのオデコを、横合いからひょいと手を伸ばしてくりくり撫でると、梢は張り切って、仲間たちへ宣言をば。
「さー行きますよー！」
　おー！　四人と一匹は、魅惑の香りに誘われるまま、お客でごった返す出店の並びへと、突入ー！



　なんと。なんと、奇しくも今日という日は、海神様へ感謝の念を捧げる豊漁祭とのことでして。
「……タダ……だと……！？」
「ええ、旅人さんはどの店も、食事代は無料！　これも、海神様のお恵みがあればこそ。お腹いっぱい食べて行ってちょうだいね！」
　香ばしく焼けた串焼きを売っている出店のおばさんが、そんな風に教えてくれたものですから。底なしの大食漢たる林檎のこと、
『あれも、これも、こんな美味しそうなお料理が……いくらでも食べられるの！？　うわぁ、すっごーい！　どれから食べちゃおうかなっ！？』
「良かったねー林檎ちゃん！」
　幼馴染の、表情は変わらずながらに嬉しそうな様子に、天音もにっこりです。
　もちろんのこと、生物ときたら生態のみならず味にだって興味アリ！　な梢も、
「さーさー、イロイロ食べちゃいますよー！　私はあっちの、『ナナイロイワシのお造り』をもらってきますねっ」
「あ、それ、私も食べてみたかったんですよー。それじゃあこちらは……アルクさんは何が気になりますか？　ははあ、やっぱりあれですか」
　五月の腕の中で、くんくん、ひくひくと鼻を動かすアルクの目線の先には、先ほどのおばさんが売っている、美味しそうな串焼きが。
　かくしてしばしあちこちに散り、それぞれに出店でもらってきた料理を持ち寄って、お食事スペースのテーブルの上へとずらずらずらり、並べてみますと……何とも圧巻な光景であります。
　きらきら虹色、透き通る『ナナイロイワシのお造り』に、大振りな『ダイオウハネクジラの串焼き』。からっとキツネ色の揚げ物は、『カラスダコの唐揚げ』だそうです。
　その他にも、『トンボウナギの蒲焼き』、『ジェットサーモンのムニエル』、『オオワシハネガイのつぼ焼き』などなど……多種多様な空魚料理が並びまして、極めつけにはその中央に。どっかん！　巨大な、『コウテイソラカジキのステーキ』！
「これ、さっき船の上で獲ってきたやつなんですよー。やー、美味しそうですね！」
　あの時梢の目の前で、確かに空を泳いでいた巨体を思えば、感慨も湧いてこようというものです。
　さっそく彼女たちは、ぱちんっと日本式に手を合わせまして、
「「「「いただきまーす！」」」」
　楽しい、お食事タイム！
　梢と五月が、お箸は無いもので、フォークでひょいっ。取り上げて口へ運びましたのは、ナナイロイワシ。
「……んん！　私たちの知ってるイワシと比べて、より濃厚に脂が乗っていながらも口当たりは爽やかで……」
「ふんわり、ほろほろとほどけるような、この不思議な食感……これが空魚料理ですか、ええですねー！」
　宙を泳ぐお魚は、食べ慣れたお味とはちょっぴり違っていながらも、これがなかなか。美味しい！
　ふたりはお造りを堪能しながらも、時折ぱかっと開いたアルクの口の中へ、ひょいひょいっ。小さく取り分けたナナイロイワシやら串焼きやらを入れてあげますと、彼はぱくり、美味しそうにむぐむぐ。どうやら気に入ったようです。
　圧巻なのは、林檎の食べっぷりでありました。串焼き、揚げ物、お造りにステーキに、どんどんどんどん口の中に放り込み、フルーツジュースで流し込みながらに食べるわ食べるわ、
「うん……これは美味いな。こっちのこれもいけるし、これも、これも……」
　ぱくぱく、ぱくり！　さして時間もかからず、瞬く間に、テーブルの上の料理はカラッポになってしまいました。
「……むっ。もう終わりか……（訳：『えーっ、残念！　もっと食べたかったのに～』）」
　といった、彼女の内心を読み取ったものでしょうか？
　天音がよたよた、ちょっぴり危なげな足取りで、両手いっぱいに持ってきた料理の追加を、どどどど、どどん！
「よっ、とっ、と……はーいっ、お代わりなんだよ～！」
「ん……気が利くな、鈴原。ありがとう、遠慮なく頂くよ」
　クールに言った林檎の心中はもちろんのこと、
『……んもー、天音ちゃんってば最高！　まだまだ食べるぞー、いっただっきまーすっ！』
　でありました。
　再び嵐のように食べ始めた彼女を微笑ましく眺めつつ、天音もカラスダコの揚げ物をひとつつまんで、ぱくり。
「ん……コリコリっとして、じゅわって甘味が染み出してきて。すっごく美味しいんだよ～♪」
　何とも言えない食感、絶妙な味付けに、舌鼓。
「うーん。別世界の生物に触れられて、こうして味わうことまでできちゃうんですから。めったに無い、贅沢な経験ですねーこれは」
　梢も空魚料理を片っ端から味わいつつ、ご満悦であります。
　五月は、満腹になったのでしょうか、膝の上で丸くなったアルクをさらりと撫でて、
「それも、アルクさんのおかげでしょうか？　嬉しいですねー。ありがとうございますー、アルクさん」
　ドカ食いの林檎に、ひとつ食べてはそのお味を噛み締めている天音。突然の異世界探訪を満喫する梢に、その機会をもたらしてくれたアルクへと、感謝の言葉を述べた五月……彼女たちをよそに、ふわぁぁぁ。のんびり屋な白黒猫はやっぱり、大きなあくびをひとつ。



「やあ、食べましたねー。満腹ですー、ふっふ」
「私も大満足なんだよー！」
　大量の空魚料理、幾度かのおかわりを経て、テーブルの上は再びカラッポ。お腹いっぱいな五月と天音は、食後に海藻茶を一杯。はふぅ、と吐息をつきました。
　かと思いましたら、そのお隣ではこちらのおふたりが、未だ衰えぬ闘志……というには大げさですけれど、
「いえいえ、出店にはまだ食べてない空魚料理が、たくさんありますよー？　全部味わってみないと！」
「ああ……俺も付き合おう」
「そーこなくっちゃ！」
　満腹の余韻に浸るふたりをよそに、ともかくまだまだ、食べる気満々でありまして。がたたんっと席を立ち、再び流離いのグルメ旅へ出発する構えです。
「うーん。なら、私ももうちょっとだけ！　林檎ちゃんに付き合っちゃうんだよー」
「眺めているだけでも楽しいですしねー。あ、あっちのあれ、なんでしょう？　ちょっと美味しそうですねぇ」
　なんて、結局四人でもう一度、出店巡りへ出かけることとなりました。
　お食事タイムは、延長戦へ突入！　オナカが休まるのは、もう少し先のことになりそうです。