さて――カップル撲滅大作戦もいよいよ後半戦である。
　ゲーム終了まで残り二時間弱――血眼のロンリーウルフたちの襲撃を受け、海浜公園のカップル小屋に放り込まれるペアも、じわじわとその数を伸ばし始めている。
　いまだに逃げ回っている組と、確保された組とでちょうど半々の十五組ずつ。
　確保されたペアのなかには、エヴァ・ブランシェとお供のスケ＝サン、カク＝サンらに挟撃されて御用となった新井 すばると橘 千歳ペア。桜台の墓地から降りてきたところを、ちょうどモブ襲撃者の団体様と鉢合わせした雨水 待雪と鬼久保 美桜ペア。そして変わったところでは……ペア参加してないのに、なぜかセットで繋がれている草薙 龍八・大田原 いいなのふたりもいる。
「解せぬ」
「なんでじゃーっ!?」
　顔突き合わせる度にいがみ合ってるふたりだが、怒りのツッコミのタイミングまで一致してるあたり、こうなるのも自明の理な気がしないでもない。
　まー今回の件にはちゃんと裏があるのデスヨ。「あのふたり、互いに派手に爆撃し合ってるけど、あれ見方変えれば単にイチャついてるだけだよねー？　リア充ってやつ？」とロンリーウルフたちを扇動して回った犯人がいるのです！
　ほら、休憩中のロンリーウルフたちに紛れて、逆巻 天野と真辺 伸幸のふたりが邪悪にほくそ笑んでいるぞ!!
（ちなみにこのふたり、さっきまで見知らぬカップルの肩を叩いて「――やぁ、久しぶりだね！　キミ女もイケたんだ？」だの「――あ！　今日は違う子連れてるんだね！　先週マリンパラダイスで一緒にイルカ見てた子は妹さんかい？」などのリア充爆撃テロに精を……げふんげふん!!）

　互いの脚を繋がれて二人三脚状態にさせられたペアたちが、空から雨あられと降り注ぐシロップ入り水風船に悲鳴をあげて逃げ惑っている。観客のロンリーウルフさんたちも、そんなカップルたちの惨状に大賑わいであります！
「うう、いつもの『ちくわくん』装備なら、かき氷シロップなんて効かないのにー！」
「シロップのかかったちくわって……想像したくない味だわ」
　全身から甘い香りを立ち昇らせているすばると千歳。諦めたのか、降ってくる水風船を避けようともしない。着ているパーカーにフードがついてたのは、不幸中の幸いかもしれない。
「あ、そだ、思い出した」
「？」
　レモンスカッシュの水風船が頭上に炸裂した直後、すばるはそんなことを呟いて人差し指を立てた。
「下宿の話。まだ決まってないならうちにおいでよ」
　どさくさに紛れてなんか凄いこと言っちゃってるんですけどちくわの人――――っ!?
　もちろん、当の千歳も口を半開きにして固まっている。黙っていると仏頂面になってしまう彼女であるから、こういう表情はちょっと珍しい。
「ちょっと古いけど、大きいから部屋余ってるし。あと妹もいるんだ。小5で、名前はつくね」
　初めは冗談でも言っているのかと疑ったが、どうも素の親切心で勧めてくれているらしい。
　まあ、すばるの家の『魚新』にはよく買い物に行くから、ご主人や奥さんの人柄も知ってはいるけど……。
「そうねぇ、もう少し考えさせてくれる」
「どぞ、ごゆっくり。あ、近くに猫の集会場もあるんだ。今度教えるよ。猫、好きだったよね？」
「ネコノメは勘弁だけどね」
「あはは、違いないや」

　お喋りに興じるペアがいる一方、カップル小屋の隅っこで身を寄せ合っているのは待雪と美桜。
　こちらも逃げ疲れて諦めたのかと思いきや――実は小屋に閉じ込められた連中のなかで唯一被害を免れているペアだった。
「……こんなこともあろうかと」
　シロップ入り水風船の絨毯爆撃が始まった直後、そんな台詞とともに美桜が取り出したのは折り畳みの日傘。身体の弱い美桜にとって太陽光の紫外線は好ましいものではなく、外出するときは大抵持ち歩いているのだ。
「もっと寄らないと、濡れちゃう」
「う、うん」
　一つ傘の下、さらなる密着を所望する美桜に、さすがに思うところあるのか赤くなっている待雪。
　期せずして相合傘となったわけだが、本場ものの「はい、あーん」にも匹敵するイチャラブっぷりである。小屋の内外から「うらやまけしからん！」的な視線を集めているが、当の美桜は相変わらずの無表情で泰然自若としている。
「お返し、できてよかった」
　出し抜けにぽつりと呟いた美桜に、急に現実に引き戻される待雪。
「おぶってくれた、お返し」
　はてなマークを浮かべる待雪に、それだけ言って美桜はぷいっと顔を背けた。急に不機嫌になったかのような態度だが、美桜学を専攻し始めた待雪には、そのしぐさの意味するところがたちどころに理解できた。
　……照れているのだった。
　すました外見とは裏腹の子供っぽさに、なぜだか無性に愛らしさを覚えて。
　自然と待雪の口から零れた言葉は。
「今日、一緒に来れてよかった」
「……うん。楽しかった」

　さて、困ったのは逢瀬の現場を目撃したロンリーウルフたちである。
　哀れな虜囚でしかなかったはずのカップルが展開するピンク色オーラに感染し、抵抗力のない者から次々に臨時の救護室に搬送されていくハメに。これを好機と見て取ったか、モブのカップルまでチューだのなんだのやり始める始末！
「もうやめてくださーい！　失恋したばかりで、泣いてる子もいるんですよー!!」
「誰がやめるか！　やめて欲しかったら、とっととこの小屋から出せー!!」
「そーよそーよ！」
　上穗木 千鶴のアナウンスもなんのその、カップルたちの逆襲である！
「ま、まずいですよ～。このままじゃイベントが立ち行かなくなっちゃいます」
　胸元に『主任』と書かれたプレートをつけたネコノメさんが、スタッフ小屋のほうで慌てふためいている。
「ふむ……予定を繰り上げて『処刑』に着手するしかないと思うが」
「ですよね……八神くん、千鶴ちゃんからマイク借りて始めちゃってください」
「心得た」
　主任からGOサインをもらい、ステージに上がった八神 修が『処刑』の開始を宣言する。
「待たせたな、ロンリーウルフの諸君！　ショータイムだ!!」
　修の台詞とともに、これまで広場の片隅に置かれていた大きなオブジェから白い布が取り払われ、その正体が明らかになる！
「見えるか諸君――あれが、ネコノメ企画製品開発部ぷれぜんつ『おしおきだにゃーMk-II』だっ!!」
　パッと見の印象は、ガソリンスタンドに置いてある洗車マシーンだろうか？　三方3mぐらいの直方体を、門のような形状にくり抜いたナニカ……周辺部位にはイラストが描かれていて、正面から見るとあくびしている猫のように見えなくもない。
「百聞は一見に如かずという言葉がある。機能については、実演しながら説明させていただこう。というわけで、記念すべき最初の犠牲者ペア――――!!」
　ドラムを叩くＢＧＭとともに、ステージ上のスクリーンに表示されているペアの絵がランダムで切り替わっていく。
　ピッピロリン！　選ばれたのは、途中エントリーした草薙 龍八・大田原 いいなペア！
「いつの間に写真用意したのじゃ……」
「っていうか、途中エントリーってありなのか？」
「細かいことは気にするな!!」
　ツッコミもまるっと流されて、ふたりは屈強なネコノメさんの手であれよあれよという間に小屋から連れ出され、怪しい機械のなかにポイッと放り込まれてしまった。するとシャッターが閉まり、それと同時にスクリーンに内部の様子が表示された。どうやらなかは球状となっているらしい。
『いったい何が始ま……のわぁっ!?』
　状況を確かめる間もあらばこそ、いきなり全方位から一斉水射が始まり、さらにペアの立つ床が回転し始めたではないか！
　球状空間であること、そしていまだ足を繋がれたままであることも手伝って、ふたりは豪快にすってんころりんごーろごろ！　観衆の大爆笑を誘う。
「本イベントは、諸君らに日頃の憂さを晴らしてもらうべく考案された企画だが、もちろん参加表明いただいたカップルの協力なくしては成立しなかっただろう。シロップ塗れでご機嫌ナナメな彼らへ感謝の気持ちを伝えるべく、こちらでシャワーとクリーニングの準備を整えた。もちろん乾燥オプションもついている！」
『にゃあああ!?　貴様、どさくさに紛れてどこ触っておるのじゃー！』
『ごはぁっ！　い、いまのは不可抗力だろ!?　って、熱ーッ!!』
　いいなが、彼女の乳に顔を埋めてきた仇敵の顎を猿臂で跳ね上げると、そこに追撃の熱湯が降り注いで龍八はまたも悲鳴をあげた。
「ちなみにカップルがけしからんことした場合、こちらのボタンで一定時間注水が熱湯に切り替わるなどのペナルティも完備。というわけで、転げ回るカップルたちの姿を存分に楽しんでいってくれ!!」
　修のスピーチにそこかしこから万雷の拍手が鳴り響き、かくして一時は中止も見込まれたイベントは、再びの大盛り上がりと相成った。