「八十八旗 信彦、瑠璃条 ベガペア……逃げ切り、おめでとーございます！」
　上穗木 千鶴が勝者を宣言すると同時、寝子ヶ浜海浜公園が大歓声に包まれた。
　波乱万丈の一語だったイベントも、ついに夕暮れとともに終わりを迎えたのだ。
「えへへ、あたしたち大人気だねひこにゃん！☆」
「エンターテイナーはみんなに愛されるものさ！」
　カップル参加者とロンリーウルフたちの両方から惜しみない賛辞と祝福を受けて、ステージ上の信彦とベガもにっこりご満悦である。それにしても両陣営、つい先ほどまでいがみ合っていたとはとても思えぬ仲良しぶりである。素晴らしい！　ユウジョウ！
　次いで、ネコノメの主任さんがステージに上がってきて、ふたりに表彰状と景品引換券を授与した。
「おふたりには、選択景品の『ねこのめ』が後日郵送されます。ネコノメ企画会長、猫目 大吉さん(77)が手塩にかけて育てた自家米。猫の目のように、噛むたびに味がころころ変わる不思議なお米です！」
　なんかヤバいもん混ぜてんじゃないのとツッコミのひとつも入れたくなる歌い文句だが……だいじょーぶ！　猫目さんちのご家族、みんなこのお米食べて元気に暮らしてますから！
「さて、これにて本イベントにおけるすべてのプログラムは終了しました……がっ！」
　思わせぶりに一拍置いて、隠し玉を明らかにする千鶴。
「おふたりが観覧車デートをお楽しみの間、会場の皆さまと相談してサプライズイベントを用意しましたっ!!」
　同時に、会場中から爆発するような拍手の嵐が生じる。待ってましたと言わんばかりの熱狂ぶりである！
「え、まだ何かあるの？　嬉しいなあ」
「至れり尽くせりだね！☆」
「はい――おふたりとも、是非楽しんでいってください！
　題して『末永く爆発しろ、バカップル!! ～おまえらだけ無事で帰れると思うなよ～』ですっ!!」
「「…………へ？」」
　胡乱な顔をする間もあらばこそ、千鶴が会場のみんなに向けて問いかける。
「というわけで皆さん、『爆発しろボール』の準備はよろしいですかーっ!?」
　もちろん、返ってきたのは威勢のよい「おーっ!!」という大歓声。みんなネコノメ印の手提げ袋を持っていて、中身は罰ゲームに使われたシロップ入り水風船のお土産分である！
「はたしてふたりは、会場中から投げつけられる『爆発しろボール』を掻い潜り、生きて海浜公園を脱出することができるのでしょうかっ!?」
「は……はは、ちーちゃん冗談キツいって」
　乾いた声をあげる信彦に、千鶴はにっこり微笑んでサムズアップ！
「冗談じゃないよ八十八旗くん!!　それではこの台詞を以てサプライズイベントの開始とさせていただきます。皆さん、本日はありがとーございました――――っ!!」
　ネコノメ企画の面々が深々とお辞儀をするなか、渾身の最終イベントがついに幕を開けた……!!

　……少しだけ、時間が巻き戻る。
　どこか白々しい平穏に満ちた海浜公園の一角に足を踏み入れる者がいた。バイトを終えた如月 庚である。
　思い出すのもげっそりな星ヶ丘での一件の後、葛城と高尾がどうなったのか様子を見に来たのだ。
　まったくさんざっぱらな一日だった……と嘆息しながら道を歩いていると、不意に知った顔を見つけた。美食クラブの同輩、雨寺 凛だ。今日はやけに友人連中と会うなあと思いつつ、しばし彼女の様子を眺める。何やら道端にしゃがみ込んで、地面に置いた小袋に手を突っ込んでは中身をばら撒いている……？
「……何やってんだ、雨寺？」
「あ、庚くんっ。こんばんわ」
　声をかけると、凛は手を止めて庚を見上げてきた。彼女が何を撒いていたのか明らかになる……が、その意味が解らない。いったい、こいつは米なんか撒いて何を……？
　尋ねてみると、凛は思案気に小首を傾げて言った。
「ネコノメのイベント知ってる？　今日、ちょうどやってたんだけど」
「ああ。バイトの買い出しの途中、葛城と高尾たちにも会ったよ」
「そうなんだ。実は私もイベントに参加しててね、それでペア組んだ人と約束したの」
「……米を撒くのを？」
「うん。田中さん、ゲームオーバーになっちゃったから……」
　凛の視線の先に目を向けると、盛られた土に突き立つ棒切れが見えた。『田中さんの墓』と、丸っこい字で書かれている。
「景品取れなかったから、スーパーで買ってきた一番安いお米だけど。でも、これでそのうちお墓の回りが稲穂畑になって、田中さんも天国でお腹いっぱいご飯食べられるんだよ」
　だから田中さん、化けて出ないでちゃんと成仏してね……と、凛は熱心に手を打ち合わせている。
　だが……。
「（雨寺よ……精米済みの米撒いても、たぶん何も実らんぞ）」
　おまけに下に田中さん眠ってませんしな……っていうかそもそも死んでないよ田中さん！
　武士の情けで言ってやるべきか迷う庚だったが、そのとき、イベント会場のほうで物凄い大歓声があがった。さらに散発的に聞こえてくる「逃すなー!!」だの「回り込めー!!」だのの叫び声。もちろん悲鳴もセットだ。
「……ホント、よくやるよなあ」
「ねー」
　庚はしみじみと頷きながら、思った。
　――まったく、酷い一日だった。

　おしまい。





























　……ところで皆さん、何かお忘れじゃありませんか？





























　たとえば、お巡りさんに連れていかれたドウテイジャーのおふたりが、その後どうなったのかとか!!





























　その頃、山田 与太郎と横嶋 下心は、目下交番の奥でお巡りさんと論撃バトルの真っ最中であった！
「――そのとき、あっしは嫉妬神の声を聴いて目覚めたのでやんす！　リア充どもに奪われた、お嬢さんの乳と尻とふとももを非モテの園に取り戻すことこそ、あっしの使命であるとっ!!」
「現在、リア充どもは独占禁止法に明確に違反している！　資本主義恋愛経済界における健全で公正な競争状態を機能させるためには、彼奴らが囲い込んだ既得権益の破壊が必要不可欠!!」
「だからって、天下の往来で見ず知らずのお嬢さん相手に『お嬢さん、そのおっきなおっぱいと可愛らしいお尻とすべすべしたふともも、見せて揉ませて触らせて、ついでにちょっとエロいことさせてくれーっ!!』なんて叫んでたら、こっちだって捕まえにいかざるを得ないだろーが!!　そーいうのは、もっと段階踏んでアプローチするもんなんだよ!!」
「ええい、わからずやめ！　エロスはいきもののサガだ！　その真理をごまかす貴様のような奴がいるから、寝子島の非モテ族はいつになっても救われない!!」
「だいたい、取り調べに美人婦警さんのひとりも用意せんとはどういう了見でありやすか！　我々はこの扱いに断固として抗議するでやんす!!」
「呼べるか馬鹿たれどもーっ!!」
　結局、お巡りさんのお小言は、その後夜遅くまで続いたのだそうな……。

　いつか寝子島で、乳と尻とふとももへの愛を公の場で叫ぶ権利が認められる、その日まで！
　頑張れ！　負けるな！　僕らのドウテイジャー!!