桜花寮、秋の一日｜リアクション

桜花寮、秋の一日

　綾辻綾花は、寮に戻ったののこの部屋を訪れていた。
「渡したいものってなーに？」
「これなんですけど…」
　綾花が取り出したのは、開け口がリボンで結ばれたラッピング袋。そのリボンは桜花寮へ向かう途中、結びが曲がっていたのを直そうとして、秋風の悪戯に飛ばされたリボンだ。
　袋を開けたののこは、ぱあっと顔を輝かせる。
「わー！　サンマさんの形したクッキーだぁ～！　綾花ちゃんの手作り！？」
「はい。サンマさんの型が売ってたのでそれを使ってみたんです」
　プレーンとチョコの二種類があり、デコレーション用チョコレートで目や手などが描かれている。その愛らしさに、ののこは興奮気味だ。
「あははっ！　チョコのほうは、黒こげサンマさんだー！」
　無邪気に喜ぶののこを見て、綾花も嬉しくなる。最近貰ったサンマさんストラップから着想を得て、今回サンマさん型のクッキーを作ったのだが、幸運を呼ぶというストラップの効能が早速出たかもしれない。このストラップには恋愛にも効果があるとの噂だが……それは今後のお楽しみ。
「サンマさん型の他にも、猫の型で作ったクッキーもありますよ」
「ほんとだ！　可愛いねーっ！」
　プレーンとチョコのコントラストが上手く使い分けられ、足先が白い靴下猫やブチ猫など、個性ある模様の付いた猫型クッキーだった。
「生地を混ぜて色々作ってみました。よかったら後であおいちゃんにも渡してもらえますか？」
「うん、わかった！　食べるのが勿体ないくらいだね！　あおいちゃんもきっと喜ぶよー！」
「喜んでもらえたら嬉しいです。そういえばののこちゃんはいつ炬燵出しますか？」
「こたつ…！　忘れてた！　もうそんな季節か～みかん食べたいなぁ～」
　炬燵に入った時の暖かさを想像して破顔するののこを見て、綾花はくすりと微笑んだ。
「私の部屋にはエアコンがないから早めに出そうかなって思ってるんですよね」
「そっか！　風邪ひかないように気をつけないとね。こたつパワーでがんばろー！」
「はい！」
「あっ。あと綾花ちゃん、猫を飼い始めたんだって？」
「そうなんです。けどなかなか名前が決まらなくて悩んでるんですよね」
「へぇー！　どんな子なの？」
「黒いふわふわの毛でヒマラヤンに似てるんです。ののこちゃんはどんな名前がいいと思いますか？」
「うーん。黒……くろ……？　あ、クロワッサン！？　外はカリっと中はふわふわだよ！」
「クロワッサン……？」
「あんことかくろまめも美味しそう～」
　どういう思考回路でそこに至るのかは謎だが、ののこの頭はすっかり食べ物モードになっているようだ。そんなののこの提案は、はたしてネーミングの参考になるだろうか。
　それからもしばし話は弾み、ついつい長居してしまいそうになる綾花だが、彼女の自宅は猫鳴館にあるため、そろそろ帰る時間だ。
「じゃあ、ののこちゃん、また明日」
「うん、また明日～！　気をつけて帰るんだよ～！」
　帰路につく綾花と、それを見送るののこは、互いに笑顔で手を振った。