桜花寮、秋の一日｜リアクション

桜花寮、秋の一日

「ただいまー！」
　部活を終えた七音侑は、元気にドアを開けて帰宅を知らせる。
「あっ、侑ちゃんおかえりなさい」
　侑を出迎えたのは相部屋の夢宮瑠奈。普段はアイドル活動をしている彼女だが、今日はオフの日であるため一足先に帰宅していた。
「お菓子用意しといたよ！」
「ありがとに～！」
　今日はこれから一緒に、お菓子を食べながら宿題をするのだ。手を洗って部屋着に着替え、宿題を広げる侑。ペンを持つ前に、まずは食欲をそそる秋色のお菓子に目がいく。
「今は期間限定のお菓子が多いからどれから食べようか迷うよねー」
「ほんとにね。ついつい味見したくなっちゃう」
　宿題を進めながらお菓子をつまみつつ、侑は思い付いた話題を振った。
「瑠奈は寝子祭なにやるの？」
「ん？　あたしは決めてないなぁ。……あっ、いつもみたいに軽音楽部で何かするのもいいなぁ、なんて」
　人前での演奏は、アイドルのライブステージに通ずる所がある。自らが多くの観客と共に音楽の空間を作り上げていく舞台は、大変さもあるが、楽しいものだ。
「そうだ。侑ちゃんも一緒に楽器やってみない？」
「うにっ！？　う、うちにできるかにー」
　誘ってみただけで軽く緊張してしまっている侑を見て、思わず微笑む瑠奈。
「侑ちゃんは寝子祭何やるつもり？」
「陸上部は体力テストとかの案が出てるにー」
「そっかぁ。運動の秋、だね！」
　そうして気ままに言葉を交わしたり、宿題に向かったりする中、侑は僅かに控えめな様子で、瑠奈に尋ねた。
「あとさ…アイドル活動はどう？」
「そうだねえ、最近は商店街とかのキャンペーンガールやってるかな。町長さんが結構お仕事持ってきてくれるんだよ。嬉しいよねえ」
　最近の活動内容ががすらすらと出てくる。アイドルとしての仕事が増えてきている証拠だ。
「ゆずか姉様もあちこち頑張ってるみたいだし、またいつか共演することもあるかもしれないね」
「そうなんだぁ」
　芸能業界は人と関わりがとても大切な仕事だ。技能も然ることながら人間関係も順調に紡いでいる瑠奈は、きっとこれからも活躍の場を広げていくだろう。
　希望溢れる彼女の少し未来を想像した侑は、僅かに心を曇らせた。
（瑠奈のアイドル活動は応援しているし、自分も参加したりしたけど、忙しくなってきたら離れちゃうのかなー……）
　瑠奈が夢を叶えていくことは嬉しい。しかしどこか寂しさもあって時々モヤモヤした気分になる。
　心に差した陰を隠し、侑は冗談めかして笑った。
「瑠奈が人気になりすぎたら独り占めできないにーなんちゃって♪」
「ええー？　侑ちゃんなにそれー」
「朝なんかも、瑠奈にはよく起こされてばかりだにーしっかりしなきゃ…」
　侑は表情を悟られぬよう、ノートに向かう振りをして俯く。
　なんとなくしおらしくなってしまった彼女を見て、瑠奈は静かに微笑んだ。
「あたしは時々寮学生で、時々アイドル。それはこれからも変わらないよ」
「でも…」
　顔を上げた侑の言葉を遮るように、瑠奈は悪戯っぽくウィンクをした。
「侑ちゃんも心配だもん。なぁんて♪」
「る、瑠奈ぁ～」
　桜花寮での二人の日常。彼女達にとってそれは、何にも換え難くいとしい普通の生活なのだ。