桜花寮、秋の一日｜リアクション

桜花寮、秋の一日

　楽しい授業も、眠たい授業も、終わってしまえばあっという間。
　今日も無事に学業を終えた生徒達は、放課後にそれぞれ思い思いの時を過ごすのだ。

　恵御納夏朝は帰路の途中、野々ののこと遭遇し、桜花寮への道を並んで歩いていた。
「今日は部活も委員会もないからなんとなく、まっすぐ帰ってきたけど…」
　ふと立ち止まって、道に敷かれている黄褐色の海に目をとめる夏朝。
「…落ち葉、多いね」
「そうだねー。地面が見えないくらい！」
「せっかくだし…掃除しようかな？」
　秋の景色に誘われて、気紛れに落ち葉掃除をしてみるのも悪くない。
「夏朝ちゃん偉い！　私もやろうかなー」
　学校であれば少し面倒に感じる掃除も、場所が違うだけでなんとなく別格になる。夏朝の気紛れに連られ、ののこは乗り気になったようだ。
「そう？　じゃあ僕、竹箒とちりとり借りてくるね」
「はーい！」

＊＊＊

　同じ頃。呉井陽太はひんやりとした秋の風を感じながら、帰路を歩んでいた。
（今日は早めに帰れそうだから、この間図書館で見つけたピアノの本を読もうかなぁ）
　ぼんやりと考えていると、前方から、一本の小さなリボンが風に乗って飛んでくることに気付く。
「ん？　なんだろーね」
　空中で踊るリボンを器用に指の間に挟む陽太。やがてそのリボンを追い掛けて、女子生徒が駆けてきた。陽太は微笑みながら、手に取ったそれを彼女の前に差し出す。
「君のかな？」
「はい…！　すみません、ありがとうございます…！」
　軽く息を上げながらも深くお辞儀をするのは、綾辻綾花だった。猫鳴館の寮生であるが、今日は友人であるののこを訪ねてきたとのこと。
　二、三言葉を交わして歩いていると、寮に近付くにつれて独特の匂いが鼻を突くようになってきた。
「この辺りは、銀杏がたくさんありそうですね」
「そうだねぇ。んー、秋だなぁってしみじみする匂いなんだけど、何だか日に日に匂いが強くなってるような？」
　陽太はイチョウの木を見渡しながら、ピンと良いことを思い付いた。
「結構あちこち落ちてそうだし、今日は予定変更して銀杏拾いに行ってみようかな」
「わぁ、いいですね！」
「とりあえず、寮母さんに拾っていいか確認しないとねぃ」
　それから寮母さんに尋ねてみたところ、難無く許可が下りた。銀杏を落とすイチョウの雌木の周りは特に匂いが強く、その匂いを誰しもが好む訳でもないのだ。腰痛持ちの寮母さんにとって、拾ってくれるのはむしろありがたいようだった。

　陽太は銀杏拾い用の道具を揃えるため、一旦部屋に寄ることにした。するとその途中、道端の落ち葉を竹箒でざっざっと掃いている夏朝の姿を見つける。
「こんにちはー」
　陽太が挨拶がてら声をかけると、夏朝は顔を上げた。
「あ…おかえりなさい」
「掃除おつかれさまーっ。偉いねー」
「…なんとなく気が向いて、掃き掃除してるんだ。ののこちゃんも一緒…」
　そうしてののこの方を見ると、彼女はつい先程尋ねてきた綾花と談笑していた。竹箒を持ってはいるものの、落ち葉を掃く手はすっかり止まっている。陽太と夏朝は、その様子を微笑ましく眺めた。
「オレは、これから銀杏拾いするんだわー」
「銀杏……たくさん落ちてそうだよね。あ、早速みっけ」
　掃き集めた落ち葉の間に銀杏の実を見つけた夏朝は、しゃがんでそれを取ろうとする。
　だがその手を、陽太がすかさず制した。
「っと、ダメだよー。素手で触れるとかぶれちゃうから」
「あ……そっか。危ない危ない」
　色々クセのある銀杏。その収穫には、ある程度の準備が必要なのだ。
「いっぱい拾ったら、夏朝ちゃんにもごちそうするねぃ」
「やった。楽しみだな…」

　夏朝は銀杏拾いの道具を取りに行く陽太を見送ると、再び竹箒を揺らした。
「さすが秋…少し掃くだけで沢山の落ち葉が集まるよ」
　そして持ってきたゴミ袋に落ち葉入れつつ、ふと思う。
「これだけ落ち葉があると、焼き芋とかしたくなるよね」
「焼き芋っ！」
　食べ物の単語に、ののこが反応した。
「今度、焼き芋パーティとかできたらいいなぁ…。焼き芋、焼きじゃが、他にも色々……秋はおいしそうなものが多いから、想像するだけでお腹空いちゃう」
「ほんとだねぇ～」
　夏朝とののこは並んで秋の味覚を思い浮かべ、表情をとろかせる。
「ねぇ夏朝ちゃん……今から、できないかな！？」
　ののこは、今にもよだれを垂らしそうな勢いだった。
「うーん…桜花寮に火が移ったら困るから、やるなら許可とってからやりたいな。焼く食材も買わないとだし」
「あっ、そうだね……！　じゃあ、今度やろうっ！」

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桜花寮、秋の一日

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