雨の日、秋の日、フツウの日？｜リアクション

雨の日、秋の日、フツウの日？

　放課後、青龍寺琴理は隣の教室をのぞいてみた。
　寝子高３年3組・普通科。帰り支度をする生徒たちの中で、彼はやはりというか、読書に没頭していた。
「満くん」
　図書委員長の日野満は、琴理が声を掛けても気づいてないようだった。ページをめくる音が静かになってきた教室の中、聞こえてくる。
　琴理は再度の声掛けをしなかった。寝子高に入ってから、同じ図書委員としての付き合いは長い。満の斜め後方、経験によるベスト・ポジションに立ち、柏手の要領で大きな音を響かせる。
「ひっ！？」
　机を揺らして驚く彼の仕草に、琴理はつい笑みをこぼした。わざと丁寧な声で、再び名前を呼ぶ。
「ごきげんよう、満くん」
「ご、ごき……？――あぁ、なんだ青龍寺さんか。おどかさないでよ」
「ごめんね、びっくりした？」
　反応が面白いから、驚かせるのがもう癖になってしまっている。くすりと笑う彼女に、満が安堵の息を吐いた。
「ううん、おれも熱中してたし……何度も声かけてくれてたのかな？」
「ええ、1回も」
「1回、『も』？」
「さっきの様子なら、1回も100万回も同じだと思うわ」
「いや、さすがにそれはないと思うんだけど……」
　琴理の断言に、満の反論はやや弱い。背は高いが、ちょっと頼りないのが彼の特徴でもあった。
「バイトしてる書店に、良さそうな参考書が入ったの。だから満くんに伝えておこうと思って」
「ああ、そうだったんだ。ありがとう」
　互いに今年は受験生だ。来年になれば試験に次ぐ試験。本番はもうそこまで迫ってきている。
　それが終われば、あとは卒業――
「ねえ、よければ一緒に勉強しない？」
　そんな思いもよぎったせいか、琴理は言った。
「寝子島図書館で？」
「雨の日は、家で勉強するより図書館の方がはかどると思うの」
　分からない問題は教え合えるし、という琴理の言葉に、満は笑顔を浮かべた。
「うん、喜んでご一緒させてもらうよ」

　道中、本屋に寄ってから図書館へ。
「雨の日はいつもより静かな気がするわね」
　窓の外から差し込む光は青くどことなく冷たく、木目調の勉強用テーブルに跳ねる照明の光は、あたたかい。
　雨のせいか、来館者も少ないようだった。いつもより立ち並ぶ本を占有できたようで、少し嬉しい。

「本に囲まれると落ち着くわ」
「あはは、おれも」
　琴理にとって、ここは癒しの場所。満も共感の笑顔を浮かべていた。
「でも、他の本に没頭しちゃダメですよ？」
「……善処するよ」
　頼りない返事に苦笑して、隣り合った勉強用のスペースを借りる。他にも勉強している者がちらほら。勉強もはかどりそうだった。
「ところで満くんは、どこの大学を受験するのかしら？」
「センター試験次第かな。青龍寺さんはもう決めてるの？」
「私は木天蓼大学の教育学部。夢は司書になる事――って、これは前にも話してたかしら？」
「うん。覚えてるよ。本屋の店員もしてるせいかな、似合ってると思う。応援してるよ」
　ありがとうと言ってから、琴理は満の顔を見た。
　夢を語った時、なんとなく、満が眩しいものでも見てるような顔つきになっていた気がした。
「満くん」
「うん？」
「満くんの夢は、作家になることよね？」
　ちょっと頼りないけど、物語を書く才能があると、琴理は思っている。
「……うん」
「私も応援してるのよ」
　少し声のトーンが低くなった彼は、琴理の言葉にはにかんだ。
「ありがとう」
「でも、卒業するとあんまり会えなくなるのかしら。島外に出る人も少なくないから寂しいわよね」
「……そうだね」
　満がしばらく黙った後、「青龍寺さん、ありがとう」と呟いた。

　しんみりしてる暇はなかった。
　受験生に残された時間は、そう多くはない。
　集中して勉強。分からない問題は教え合い（満の計算ミスはすさまじかった）、そこからさらに勉強。
　気づけば、閉館のアナウンスが流れていた。

「さすがに暗いわね」
　図書館を出ると、街灯の向こうの空は墨染色。白く引く雨糸の筋が、照明の周りにぼんやりと見える。
「青龍寺さんはこの近くだっけ。雨も降ってるし、よければ送るけど」
　空模様に満が言う。
「いいの？　ふふ、頼りないけど頼りにしてるから送ってもらおうかしら」
「……それって、褒めてる？」
「もちろん……なんなら、相合傘で帰る？」
　からかいの言葉に、満の頬に朱が差した気がした。「濡れちゃうから、また今度……」と尻すぼみに言いながら歩き出す彼に、琴理は微苦笑をしてついていく。
　帰りながら、互いの傘が少し離れては何度も触れあっていた。

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