雨の日、秋の日、フツウの日？｜リアクション

雨の日、秋の日、フツウの日？

「うわ。何、この湿気……まるで梅雨時みたいじゃない」

　羽生碧南は練習用ウェアの上に、ロック風のレインボーＴシャツを着て、体育館に入った。次の瞬間、こもった空気にため息を吐く。体育館の中は、こもった冷たい湿気と澱んだ空気が入り混じり、碧南に何とも言えない感覚と、妙に不快な冷たさを残していく。シューズと床が妙にひっつくのも気になる。
　今日はずっと雨のせいか、なんとなくテンション下がったままだった。その気持ちを振り払おうと部活──バスケ部──の時間を楽しみにして来たというのに。
　「ま、仕方ないか」
　碧南は軽く息を整える。いつまでもこうしていたって事態は解決しないのだ。
　――ちょっと寒いかと思ったが、どうせ練習を始めたら逆に暑くなるし。
「それに雨が鬱陶しいなら、思い切りバスケで身体動かして、その鬱陶しさを吹き飛ばすに限るわ！」
「よく言った、羽生」

　振り返れば、高野有紀が入ってきたところだった。ほかの部員も徐々に増えていく。有紀の声が館内にこだました。
「というわけで、今日も張り切っていくぞ。むしろいつもより厳しくいく」
「ええー！？」
　碧南も含めた部員たちの抗議の声。
「返事はっ？」
　授業の時とは違うトーンの有紀教諭の声に、部員たちの賛同の声が唱和する。
「じゃあ3分以内にいつもの。キャプテン、今日の出欠まとめて報告」
　きびきびとした声が指示を出す。碧南の周りには同じ一年が集まる。
「ちょっと、碧南ぁ」
「えー、私のせいっ？」
「だって有紀ちゃんとシンクロしてたし」
　小声で言葉を交わし合う。

　そうこうしているうちに、練習が始まった。
　まずはストレッチや体育館内でのランニングで身体馴らし。その後、基本的なドリブル練習から始まり、徐々に難しいものへと内容を変化させていく。
　それにつれて歩いていた距離も、今度はダッシュに近い速度での移動へと変わっていった。
　そうこうしているうちに、次にスクエアパスなどのパス練習に入る。終われば今度はそれからフルコートで３人一組でのパス練習だ。
「そこ、腕が下がってる。羽生も！　腕上げろ」
「はい！」
「気合入れてけ！」
「はい！」
　普段はのんびりおっとりとしている碧南も、コートに立てば表情も変わる。時折飛ぶ檄に気勢のこもった声で返しながら、感じ始めてきた疲労を振り払って練習を続ける。
　ハーフコートでのゴール下、ミドル、ロングシュート、コンビプレーの練習、各種５０本程度ずつ。
　終わればフルコートでの１対１、３対２、３対３での総当たり練習。もちろんここで動きが鈍っているようなら、容赦なく顧問から声が飛んでくる。
　幾つものバスケットボールが床を振動させ、キュ、キュ、と部員たちの動く靴音が雨音をかき消していった。

「よし――そこまで」
　タイマーが終了時刻を示したころには、碧南の全身はすっかり汗みずくで。まるで豪雨の中を突き進んでいたかのようになっていた。他の部員たち同様、フラフラの身体をようよう支えて片付けに入る。
「うぅ、気持ち悪い……」
　梅雨時の練習のようだった。じめじめしていて、かいた汗は気持ちのいいものとは程遠い。体育館に入った時に感じた不快な感覚は消えず――しかも、動かなくなったことで体が冷えてきた。
　有紀顧問は水分補給と風邪をひかないよう注意を行い、解散ののち体育館を出ていく。碧南は他の部員たちとその後から外へ。ゾンビの集団になったような気分だ。
　外に出れば、雨音が再び聞こえてきた。おまけに風に乗った冷気がさらに体を蝕む。
　どうにも、モヤモヤしてすっきりしない。
　――まあ、こういう時もあるよね。
　そんな風に思いながら、シャワールームへ。目を閉じて、いつもよりやや熱めのシャワーを浴びる。
「～♪」
　身体に伝わってくる熱が、心地よかった。