ねこでんの１日。｜リアクション

ねこでんの１日。

　――休日・夕方～夜――

　７　新しい出会い

　探索がてら、寝子島を色々と回ってきた休日。
　葭原咲久は、そろそろ家に帰ろうと駅に向かった。
　そこは、いつも使っているのとは違う駅。
　慣れていないせいか、ホームに着くまでちょっとだけ悪戦苦闘する。彼は全盲で、白杖と自分の感覚を頼りに日々を過ごしているのだ。
　なんとか改札を抜けてホームに着くと、そこで電車が到着するというアナウンスと共にねこでんが線路を走る音が聞こえてくる。
　やがて電車が止まり、扉が開く音がする。周囲で同じ位置に立っていた人達が一斉に動き出す気配がする。
　咲久も乗ろうと何歩か進むが、１人で乗るのは危ない、ということはよく分かっている。
　なので、彼は周りの人達に声を掛けた。
「えっと……この電車に乗りたいので、手伝ってもらえませんか？」

（あら、あの子……）
　久しぶりに遠出をした帰り道、エヴァ・ブランシェは咲久に気付いて電車に乗るのを中断した。
（あたしより背も低いし、年下かしら？）
　周りの人達は、声を掛けようか掛けまいか迷っている様子を見せながら、結局は足を止めずに電車に乗り込んでいく。
（しょうがない、あたしが一肌脱ぎますか）
　放っておくのも忍びなく、エヴァは彼に近付いた。
「手、貸しましょうか？」

「あ、ありがとうございます」

　咲久は、ほっとしたようににこっと笑う。エヴァは、彼の杖を持っていない方の手を握った。
「足元に気をつけてね。この先が電車だから」
「はい」と答え、咲久は慎重にホームと電車の間の隙間を跨いでねこでんに乗る。空が朱色に染まる今の時間、車内はほどほどに混んでいた。サービス業従事者や、部活帰りの学生、それに彼女達のような休日を過ごした帰りという人達もいるだろう。
　優先席に彼を案内しようと人を縫って通路を歩いていると、座席に座っている２人が立ち上がった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
　エヴァに続き咲久もお礼を言って、２人は座席に落ち着いた。

（僕より、少し年上の学生さんなのかな？）
　がたごとと揺れる電車の中、声の若さから、咲久はエヴァについてそんな予想を立ててみる。
「いつも１人で、電車に乗ってるのかしら？」
　そこで、彼女からそう話し掛けられた。
「遠出する時はよく利用するんだ。今日はいつもと違う駅だったからちょっと困ったけど」
　そう答えて、咲久はどんな所へ行ってみたのか、どんな体験をしたのかということをエヴァに話す。それが、旅行者の思い出話のように聞こえたのかエヴァは言った。
「もしかして、観光に来たの？」
「いえ、この島に来てそんなに経たないから、色々な場所を知っておきたくて」
　それから、咲久は彼女にも話を振る。
「お姉さんは今日はどこかへお出かけだったんですか？」
「ええ、ちょっと１人で羽を伸ばしに、ね」
　気配で、エヴァが笑みを浮かべたのが分かった。
「前から行ってみたいと思ってたお店があって、思い切って行ってみたところよ。そういえば、最近この島に来たような事を言っていたけれど、今はどこに住んでるの？」
「あ、旧市街です」
「あら奇遇。あたしも旧市街よ」
　どうやら、乗る駅だけではなく、降りる駅も一緒だったらしい。
「意外とご近所さんかもしれませんね」
　それを嬉しく感じ、咲久は彼女に笑顔を向けた。

（……あれ？）
　他愛ない雑談を始めてしばらく。
　咲久は、隣から反応が返ってこないことに気付いた。耳を澄ますと、すうすうと寝息が聞こえてくる。
　眠ってしまったらしい。
（疲れて寝ちゃったのかな？　僕も眠くなってきたな……）
　まどろみに包まれた咲久は、うとうと……と船を漕ぎ始めた。