ねこでんの１日。｜リアクション

ねこでんの１日。

　６　ヒーロー修行パトロール

（……ん？）
　たまにはねこでんを使うのもアリか。
　そう思って電車に乗った風雲児轟は、どうにもマナーを守っていない客――なんだか気になる客が目につくことに気が付いた。お節介ながら注意してやる！　と、彼は早速その１人目に近付いていく。
　１人目は、座席に沢山の荷物を置いている客だった。立っている乗客がいる中で、その客は当たり前のように両脇に荷物を置いている。
　目の前に立っても、まさか自分に用があるとは思わないのだろう。その女は顏を上げずに携帯電話をいじっている。
「あー、俺の目の前に立ってるあんた。両脇の荷物を網棚に上げてくれないか？」
「目の前って……あたし？」
　やっと自分に用だと気付いたようで、若い女は顔を上げた。
「別にいいじゃん」
「さほど混んでないなら別にいいかもしれないけど、座れない人がいるんだから、席は空けた方がいいんじゃないかと思うんだ」
　やんわりと、だが毅然と言うと、女は渋々という感じに立ち上がった。両脇の荷物を網棚に上げるのを見届けて、次に気になった少年達に近付いていく。
　今の女とのやりとりを見ていたのか、少年達は轟に険しい視線を向けてきた。何を言われるのか、想像がついているのだろう。彼等は、ドアの前を陣取り、座り込んでいた。
「あん？　なんだよてめぇ、どっか行けよ」
　背が小さい方の少年がメンチを切ってくる。
「どこか行くのはお前達だろ。そこに座られると、皆が乗り降りする時に邪魔になる」
「他んドア使えばいいじゃねーか。何も困らねーだろ」
　体格の良い方の少年も悪びれずに言う。轟は、全く立ちそうにないその少年の太い腕を『ちょっとだけ』強めに掴んだ。
「いてっ！　……な、なにすんだこら！」
「この野郎！」
　掴まれた方の少年は、いきがりながらも少し怯んだようだった。背の小さい方の少年は、怒りを顔に乗せている。
「もう一度言うぜ！　場所を空けろ」
「うるせぇって……」
「わ、分かったよ！」
　小さい方が全く引かずにつっかかろうとした時、大きい方が怯えた顔でそれを遮った。
「もう、行こうぜ」
　大きい方は、小さい方を引っ張って別の車両へと逃げていった。
　それからは、しばらく何事もなく時が過ぎた。ひとつの駅を通過し、車内は更に混み合った。その中で、轟は１人の女性がやけに焦った顔をしていることに気付いた。その様子からまさか、と思った彼は視線を下げる。そこから視線を上げていき、極真面目な顔をしたサラリーマンに辿り着いた時に轟は確信した。このサラリーマンは、女性に道徳的なアレな行為をしている、と。
　だが、轟は今度はすぐには行動に移さなかった。慎重に対処しないと、一歩間違えれば自分が痴漢にされる危険があるからだ。
（ローカルヒーロー目指してる人間が痴漢なんて洒落にならねえ！）
　そう考えて、彼はまずそっと携帯を出して犯行の現場を撮影した。何枚か撮影して携帯を仕舞うと、電車がちょうど次の駅に到着する。ドアが開き、乗客達が降りていくと車内は自由に動けるほどに余裕ができた。轟は、降りようと振り返った件のサラリーマンの襟首を掴んで引き離した。掴むのが襟首ならば、女性に間違って腕を掴まれる心配もない。
「な、何だね突然！」
「言い逃れは出来ないぜ、おっさん！」

　轟は携帯を出して撮影した画像をサラリーマンに見せる。画面に映っている手首につけられている腕時計と、サラリーマンのつけている腕時計は一緒だった。
「う……」
　言葉を失ったサラリーマンを連れて閉まりかけたドアから外に出て、轟は犯人を駅員に引き渡した。

（……正直、俺のやってることは、端から見ればただの目障りなお節介野郎の偽善行為に見えるかもしれない）
　１人になった轟は、電車の中での様々を思い出してそう考える。
　でも、偽善と思われても、それでもいいと彼は思った。
（それで、寝子島の皆が平穏に過ごせるなら安いもんだ）