ねこでんの１日。｜リアクション

ねこでんの１日。

　３－２　母を探して　＆　頼るべきか頼らざるべきか

　お弁当を入れたリュックを背負って水筒を下げて。
　好好をだっこして、劉瑞麗はねこでんに乗っていた。
　行先は鎌倉。有名な観光地だ。
　寝子島より人が沢山で、広くて、賑やかな場所。
（ここなら、まーまがいるかもしれない）
　電車に揺られ、地図とにらめっこしながら、瑞麗は思う。
　母は死んだ、と彼女は父に聞かされていた。
　でも、本当は分からない。
　瑞麗が、今よりずっと、もっと小さい頃のことだから。
（るいりのぱーぱが悪いことばかりしてるから、るいりをおいて逃げちゃったのかも）
　そう思って、瑞麗は母を探すことにした。
　瑞麗には寝子島に親類がいる。だが、それも父の部下が教えてくれるまで知らなかった。
　だから、母もどこかで生きているかもしれない。
　そう信じて、彼女は地図に真剣に目を走らせる。

♦♦

　チェロを抱えて、御薗井Ｅセレッソは鎌倉行きのねこでんに乗っていた。チェロの弦やケースの温度調整剤、それにエンドピンを買いに行くのだ。寝子島にも、アーケード商店街「キャットロード」に楽器店はあるが、このチェロにしっくりくるものは見当たらなかった。
　……ヨサンガココロモトナイけれど。
（とりあえず、帰れるだけのお金は残さなきゃナノ！）
　そう思いつつ、酔わないようにしておこうとハッカのキャンディーを出してひとつ舐める。周りを見てみると、近くにはゴシック服を着た女の子と中華風な小学生が座っていた。彼女達にもあげようと、セレッソはキャンディーをふたつ手に取る。
「これ舐めると酔わないのヨ！」

　教えてくれたのは、彼女の父だ。
「……ありがとう」
「ありがとです」
　何かを考えていた女の子にも、地図を真剣に見ていた小学生にも、束の間笑顔が戻る。父に教わった、と言ったら２人は複雑な顔をしたかもしれないけれど。
　座り直して、向かいの窓を流れる景色を眺めながらセレッソも考え事をする。
（……寝子島に来てから、またチェロを始めるとは思わなかったノ）
　自然と、チェロを抱える手に力が込もる。
　クラシック同好会の皆と演奏するのは、とっても楽しい。
（でも、このチェロは同好会から借りた子で、とてもいい子だけどいつかは返さなきゃいけないのネ……）
　セレッソも以前は、自分のチェロを作ってもらって持っていた。
　けれど、日本より少し物騒な国を父と旅していた時、ふと目を離している隙に盗まれてしまった。
　その盗人は車にチェロを積んで逃げたらしく、行先も分からず、追いかけることもできなかったセレッソと父はチェロを諦めるしかなかった。
　いつも明るいセレッソも、その時ばかりは泣いてしまった。買ってくれた父にも、作ってくれた人にも申し訳なくって。
　それに、あのチェロはセレッソの大切な友人だったから。

　――その事件から数年間、セレッソはチェロをやめていた。

　でも、気が付くと彼女の傍にはチェロがあって。
（もしワタシが自分のチェロが欲しいって言ったら、パーパは喜んで「なんとかする」とか言いそうだしワタシもそんなパーパが大好きナノ）
　だけど、父は今もセレッソが初めての学校生活に専念するため、彼女がバイトしなくても充分に暮らせるようにしてくれている。
　何より、外国で仕事をしている時、自分達はいつだってびんぼーだった。
（アルバイトですぐになんとかなるものでもないけど、探してみようカシラ）

　やっぱり、諦めきれないから。

（こういうことは、誰に相談したらいいノ……？）
　窓の外の景色が、青い空から駅のホームに変わっていく。ねこでんのスピードが落ちると共に、キャンディーをあげた２人は席を立った。扉が開き、ホームへと降りていく。
　セレッソもチェロを背負い直して、ねこでんを降りた。