ねこでんの１日。｜リアクション

ねこでんの１日。

　――休日・朝～昼――

　３－１　１人で観光　＆　殻を破る日

　休日の朝早く、後木真央は鎌倉行きのねこでんに乗っていた。休日はゆっくり寝る人が多いのか、ねこでんの中は空いている。
（鎌倉探索、楽しみなのだ。ロケ地巡礼とか、シラス丼とか興味あるのだ）
　今日は朝早くから、鎌倉内を１人うろうろする予定だ。友人とは都合がつかなかったのだが。
　――どうせなら１人で行っちゃうのだ！
　と思い立った。
　電車が鎌倉に着くのは、８時頃。
　ちょっぴり詳しくなって、みんなを驚かすのだ！　と、真央は熱心にガイドブックに目を通す。
　空いているから、つい考えていることも声に出てしまって。
「えーと七道？　切り落とし……じゃなかった切通し？　……だめなのだこれはみんながいないと迷子になりそうなのだ和カフェ巡りか古刹巡りに変更なのだ」
　とか言いながらペンを片手にページを捲る。ガイドブックには、いくつか付箋が貼られている。
　どこに行くかはまだ、決めきっていない。
　真央は行きながら考える場当たり派だった。

♦♦

　午前９時半、星ヶ丘駅。
　三宅葉月は鎌倉行きのねこでんに乗った。空いた席を適当に選んで、端然と座る。何人かの乗客が、彼女に注目する。

　ゴシック調の衣装に、物憂げに伏せられた瞳。アンティークドールめいた無表情さをどこかに持つ彼女に、人々は時たま絵画めいた印象を持つ。そうは思わなかったとしても、普段着の中に紛れ込んだ彼女は目立つ。自然と注目は集まるだろう。
　葉月は、その注目を意に介さず、これから起きるであろう不確定な未来について考えた。
　彼女の父は、医療機器メーカーのオーナー社長をしている。その父が今日、仕事で東京から鎌倉へ来るのだ。
　これから、父に、会いに行く。
　いつもなら東京の実家まで行くところなのだが、今日は電車１本乗るだけだ。
　用向きは、この前の中間テストの報告だった。それはつまり、絵を続けていく為に出された条件の結果報告をするということとイコールで――
　父の反応を想像すると、明るい気分にはなれなかった。
　葉月の父は、一人娘の彼女が絵を描くことを快く思っていない。それが、娘の将来を心配して、とか、跡を継いでほしいから、とかいう親らしい理由からではないことは判っている。
　父には、芸術面における才能がないから。
　――今は亡き祖父は、財界人として重きをなした人物だった。だが同時に、芸術家としての才能も持ち合わせていた。
　祖父は文学で才能を示し、娘は絵画の道を選んで芸術科に入った。
　けれども父は、その何れの才能も無い。
　実父と娘に嫉妬している父は葉月に条件を課し、それがクリア出来ないのなら絵を辞めるように言ってきた。
　条件とは、学年１０番以内の学業成績を取ることと、権威ある大会で入賞すること。
　葉月は、その２つをクリアした。
　父はどんな顔をして娘を迎え、どんな態度を取るのだろうか。
　不安だった。
　でも、会わないわけにはいかない。

「もう、決めたのよ……決めたからにはもう、退くことなんてできないの……」

　自分のしたいことを、伝えなければならなかったから。

このページにイラストを設定する