＜鈴島海賊の秘宝III＞海へ｜リアクション

＜鈴島海賊の秘宝III＞海へ

●リンコ・ヘミングウェイのささやかな反乱

　梨香と組織の間の連絡を取り持ち、必要な物があれば揃え、必要であれば嘘をつき、臨機応変に動くのがリンコの仕事だった。彼女は『謎』を愛していた。『冒険』、これも彼女の心に響くキーワードだ。シーノの『宝の島』の謎やそれをめぐる冒険は、彼女にとって興味深いもののひとつであった。
　謎を解くのは誰だろうか。
　それは自分ではない、とリンコは思う。彼女は本質的に「読者」であることを好んでいた。物語の中央にでしゃばっていくのは性に合わない。
　では、シーノ？
　少し前まではそう思っていた。寝子島で、奇妙な力を宿した少年少女たちと出逢うまでは。
　いつか、＜巨大な月の指輪＞を巡っていくつものレプリカが作られたことを思いだす。
　おもしろいことを考える者たちだ。
　彼らが、彼らこそが、謎にもっとも近づくことが出来るのではないだろうか。
　液晶画面の蒼白い光が瞳に冷たく反射する。赤いマニキュアで彩られた指を素早く走らせる。

＜定時報告：梨香は体調を崩しました。しばらく私が所有する隠れ家の一つで休養させます。ご心配なく＞

　読み返し、煙草の煙を細く吐き出す。
　いままで鬼崎あやめらから受けた報告によると、梨香が伝説の宝の島を見つけたいと思っているのは、おそらく彼女のルーツに大きく関わるからだと思われた。少女が自らの起源を辿りたいと思うのは自然なことだろう。シーノの中にそんな梨香を理解してくれる年嵩の行ったメンバーが幾人かいるのは確かだ。
　だが、シーノの組織としての目的は違う。
　シーノが宝の島を探すのは、そこに『宝』があると信じているからに他ならない。
　梨香の動きを、組織は気に食わないだろう。
　リンコは――梨香のことをわりあい気に入っていた。彼女のためにひと働きしてもよいと思うくらいには。
　だから紅梟号のことなどおくびにも出さない。

　世界は相変わらず静かだった。
　もう一度だけ読み返し、送信ボタンに手を掛ける。
　まったく無感動に、リンコはボタンを押した。それでリンコの仕事はひとまず終わりのはずだった。
　ばかばかしいほど陽気な受信音がした。
　すぐ近くで、息がかかるほど本当にすぐ近くで。
「あら？　……ボス、いつ日本に？」
　リンコは真っ赤な口唇を弓のように引いて笑みを作る。
　リンコの腕は黒い皮手袋によって掴まれ、締め上げられた。

　紅梟号とリ・ボーン号は海の上。
　いまはうつつの世界の出来事とは無関係に。

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