真夜中は異世界の扉｜リアクション

真夜中は異世界の扉

　薬草と草を買い込んだ桜井ラッセルが通りを歩いていた。無地の白い半袖シャツを着ていても金髪が華やかさを演出する。それとなく人の目を集めていた。
　そのラッセルをある意味で超える存在が目の前にいた。
「すいれん、ちょっと待て」
　呼び止められた上泉睡蓮が笑顔で振り向いた。起立した兎の両耳がお辞儀をするかのように半ばで折れ曲がる。
「おや、こんなところでラッスル君と会えるなんて……なんとかなるものですねー」
「誰がラッスル君だ。ここではラスなんだから、ヘンなあだ名はやめろ」
「了解しました、ラッスル君（ウヒャー）」
　睡蓮の屈託のない笑顔にラッセルは降参して両手を上げた。
「もう、ラッスルでいいよ。それより、その格好はどうなってんだぁ？」
「職業がピエロなので道化師っぽい帽子が似合うかなーと思ったのですが、遊び人的にはバニーだろー、って気がしてこうなりました！（アチャー）」
　サンタクロースと見紛う赤い帽子を被り、両端で縫い止めるかのように兎の耳が生えていた。胸が大きく開いた黒のボディースーツに同色の網タイツが色香を振り撒く。
「存在自体がピーでエロいから縮めてピエロなのかもな」
「滑りそうな名前なのにうまいこと言いますねー」
「そりゃどぉーも。それより、いきなり簡易移動でキャッキャぐへへぇ～はねぇーよ。まずは街周辺でレベル上げだろ」
「なるほど、欲望が少し漏れ出しているラッスル君にしては堅実ですね。それでいきましょう！」
　二人は一方向に定めて歩き出した。
　通りの終わりを示す丸いアーチが見えてきた。その先の風景は滲んでいて緑色の大地に薄墨色の隆起が判別できる程度であった。
「張り切ってレベルを上げようぜ」
「はい、がんばります」
　二人がアーチを潜ると視界に平原が広がった。遠方には霞がかった山々が重なって長大な連なりを見せつけた。
　感心した表情の二人は、その場で小刻みに回る。ホームタウンの街は四角いアイコンとなって平原に貼り付いていた。
　ラッセルは銀色のハンマーを手に取った。
「リアルのようでいて、やっぱりここはゲームの中なんだな」
「あれ？　あの穴はなんでしょうか」
　睡蓮は小走りをして、すぐにしゃがんだ。上体を斜めにして穴に手を入れる。
「なにかに引っ張られているみたいですねー。ちょっと取り出してみましょうか」
　腰を引いて一気に引き抜いた。同時に不安を駆り立てる曲が流れた。
「すいれん、気を付けろ。それは敵だ！」
「そんな突然に（ウヒャー）」
　緑色の液体のような物を空中に投げ捨てて、睡蓮はラッセルの横に舞い戻った。
「スライムが一匹か、俺に任せろ」
　跳び出したラッセルはハンマーをスイングさせて敵を吹き飛ばした。飛距離はあまり出ず、転がることもなかった。赤い一桁の数字が真上に浮かんで、間もなく消えた。
　ラッセルは焦った顔で戻ってきた。
「見たか、数字？」
「１でした。敵の緑のバーが少し減っているみたいですね」
「１のダメージかよ。どれだけ殴れば倒せるんだぁ？」
　睡蓮は前を指さした。
「ラッスル君、来ましたよ」
　這いずってきた敵の表面の一部が泡立ち、突き出した触手を鞭のように振るう。
「させるかよ」
　上体を捻って難なくかわした。
　睡蓮は胸の谷間に手を突っ込んで、けん玉を取り出した。
「今度は私の攻撃を受けるのですよ！（瞳がキラリーン）」
　睡蓮は大きく振り被って、けん玉を振り下ろした。緩やかに玉が飛んでいく。
「俺がやるしかねぇーか」
　余裕の笑みを浮かべたラッセルの表情が驚きに変わる。放物線を描いた玉は無数の刃を纏って敵に突き刺さったのだ。極端な収縮が激しい痛みを想像させる。
「やりました、ダメージは２ですよー」
「俺が１なのになんでだ！？」
「クリティカルのおかげです（ウヒョー）」
　上機嫌の睡蓮を尻目にラッセルは突っ込んだ。怒りの一振りで敵が吹き飛ぶ。
「また１かよ！」
　致命傷にはならず、敵は急速に迫る。しなる鞭が睡蓮の胸部を打ち据えた。
「やられたーってダメージがありませんねー（はて）。今度はこちらの攻撃です。もう一度、クリティカルを食らうのです！」
　敵は飛んできた玉を変形して避けた。睡蓮の頭上に、アチャー、の文字が浮かぶ。
「弱いくせに粘るんじゃねぇーよ！」
　ラッセルの一撃で敵は宙を舞って消滅した。
　戦闘に勝利した二人は一の経験値と五ニャオンを手に入れた。
「スライム一匹で一苦労だな」
「倒せてよかったです」
「……当分はスライム狙いで地道に経験値を稼ぐしかねぇーかな」
　はい、と睡蓮の笑顔を受けてラッセルは平原を見据えた。

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