真夜中は異世界の扉｜リアクション

真夜中は異世界の扉

　公園の噴水の縁にエスカルゴ・臼居は横向きに立っていた。足を前後に大きく開いて空を見上げる。
「ここでも俺は勇者になれるのか」
　エスカルゴは苦悩の表情を浮かべて顔の半分に掌を宛がう。露わになった赤い左目は忙しなく動いた。先々で視線がぶつかった。
　エスカルゴは速やかに縁から降りる。一度として振り返ることはなく、足早に公園から離れた。
「歩ける寝袋を着ていても見えるのかよ！　ろっこんはまるでダメじゃん！」
　エスカルゴは吐き捨てるように言った。道なりに歩いて少し表情を和らげた。
「まぁ、大通りで寝転がる真似をしなくて済んだのだから、良しとするか」
　閑静な居住区を抜けた。エスカルゴは行動範囲を街の外に求めた。
「見事な平原だな。どこまでも歩いていけそうだ」
　数歩のところで不穏な曲が流れた。エスカルゴが身構える中、一体のスライムが現れた。
「ＲＰＧの基本だな」
　余裕の笑みでエスカルゴは待った。敵は一向に攻めて来ない。
「僕の攻撃らしいな」
　寝袋の姿でエスカルゴは走る。助走を付加した拳を敵に叩き込んだ。一部が窪んで瞬く間に復元した。
「ダメージを受けていない？」
　疑問が解消されない間に敵の触手が伸びてきて頭部を打ち据えた。敵と状態は同じであった。
「こっちもなのか」
　気を取り直して再び拳を振るう。攻撃は当たっていても影響がない。それは敵も同じで精神の削り合いとなった。
「やってられるか！」
　時間にして十数分。エスカルゴは遂に逃げ出した。そして虚脱した顔で呟いた。
「スライムに勝てないなんて……」
　救いを求めるような目を向けた先にラッセルと睡蓮がいた。立ち話に夢中になっていて、こちらには気づいていないようだった。
「俺はスライムハンターじゃーねぇんだよ！　キャッキャぐへへぇ～はレベル２で十分だろ」
「もう少しレベルを上げましょうよ（スリスリ）」
「仲間だ。新しいのを入れるから、それでいいよな」
「仕方がないですね。ラッスル君がそれでいいなら」
　エスカルゴは、そっと二人に背を向けた。目立たないように努める。その右肩にラッセルの手が置かれた。左肩は睡蓮であった。
「見つけた」
　エスカルゴの背後で二人の声は重なった。

　簡易移動の四を選んで三十分が経過した。
　エスカルゴは無数の猿に囲まれて熱烈な歓迎を受けていた。
「キャッキャ（遠慮しないで食べてね）」
　一匹の猿が湯気を上げる鉄板を運んできて、胡坐をかいたエスカルゴの前に差し出した。表面が程良く焦げた大ぶりの肉が添え物の野菜を押し退ける。食べ易いように肉には切れ目が入っていた。
「キャッキャ（冷める前に食べて）」
　エスカルゴは分厚い肉から目を離して前方を見た。鉄板を持った猿は連なり、広場を分断して森の中まで続いていた。目測で百メートルは優に超えている。
「あの、魔王について知っていることはあるかな」
「キャッキャ（なにそれ、聞いたこともないわ）」
「そうか、それは残念だ」
　エスカルゴは左を見やった。ラッセルと睡蓮が横になっている。自身と同じで大勢の猿に囲まれていた。次々に運ばれる肉に嫌気が差したことは明白だった。
「俺は眠いんだ」
「急に眠気が（スヤスヤ）」
　エスカルゴは渋い顔で右に目を移す。猿の顔が間近にあった。
「キャッキャ（お肉に飽きたならぁー、あたしを食べるぅ？）」
　その言葉に興奮した数匹が激しく手を打ち鳴らした。
「俺は、ここに何しにきたんだ？」
　とても長い溜息を吐いた。