真夜中は異世界の扉｜リアクション

真夜中は異世界の扉

　公園から近い青空市に魔術師然とした格好の神崎昴がいた。眠たそうな目をそれなりに動かしている。先程、陽気な露店商から薬草を買い入れて旅立ちの準備は出来ていた。しかし、足は街の外に向かおうとはしなかった。
「……仲間も売っていればいいのに」
　のんびりとした調子で物騒なことを呟く。休まずに動いていた目は斜め上で留まった。
「……大きな吹き出しを発見」
　他の言葉を押し退ける大きさで浮いていた。目印として昴は追い掛ける。
「博美ちゃんも、天野ちゃんも、睦月ちゃんも、士ちゃんも、優ちゃんもみんなー、どこに行っちゃったんだよー」
　黒い雨合羽を着た迷子のように後木真央が周囲に呼び掛けていた。方々に顔を向ける度に撥ねた茶色の髪が活発に動く。
「誰かー、誰か一緒して下さいよー」
　陽だまりにいる猫のような細い目で真央は言葉を発した。
「……一緒に頑張ろう」
「昴ちゃん、ありがとうー」
　真央は昴に顔を近づけて言った。
「……近い、顔が近いよ。チューされるのかも」
「されないよー。真央ちゃんはまだまだ子供だもん」
「……されないのかぁ。まぁ、それはおいといて、後木さんは私と同じで魔術師だよね」
「そうだけど、違うよ！　後木さんじゃなくて、猫が大好きな真央ちゃんだよー」
　自分の言葉を証明するかのように真央は猫の置物を胸に抱えた。少し上げて頬擦りをして見せる。
「……なんの役に立つかもわからないのに買っちゃったのね。私は薬草を買い込んだよ。回復役がいないと戦いは辛いからね」
「猫ちゃんだって役に立ってるもん。真央ちゃんに癒し効果だよー」
「……本当に猫が好きなんだね。ん、あれも猫に入るのかな」
　昴の猫の言葉に真央は反応した。人混みを避けるような視線から、白猫だよー、と歓喜の文字が浮かぶ。
　緑色の目を丸くして真央が走り出す。露店で買い物をしていたアンの背中に飛び付いて、フードの耳に存分に頬を擦り付けた。
「な、なんだ、プレイヤーを襲うな」
「アンちゃん、お誘いありがとー。真央ちゃんってこんなゲームは初めてだからうれしー」
　二人の噛み合わない会話がしばらく続いた。昴と佳奈は似たようなのんびりとした会話で即座に打ち解けた。
　アンは人数の多さを気にしながらも二人を受け入れた。
　四人は石畳が敷き詰められた街路をゆく。真央はふらふらとよそ見しながら先頭を歩いていて、急に後ろに話を振ってきた。
「ねぇねぇ、ＭＰ切れたらどこで回復するの？　街に戻るだけで良いのかな？　それともどこかに宿屋がある？　それと早くお金が欲しいよー、だってコインに猫があるんだもん。それでにゃおん塗れになってー、にゃおんに勝てるようになったらサイコーだよねー。アンちゃんも、そう思うでしょ」
「回復は街にいればね。お金はあると便利だよね。装備品とかで。にゃおんはどうかな。猫はかわいいと思うよ」
「……私は魔法を使って、早く誰かを丸焼きにしたいなぁ」
　昴の間延びした過激な希望に視線が集まる。本人も気づいて、それとなく訂正を入れた。
「……誰かは敵のことだけどね」
「真央ちゃんも元気いっぱいに丸焼きにするよー。そしたらアンちゃんがほめてくれて、また頬をスリスリしてもいいかなーいいかもーいいよねー」
「……そんな三段活用はないと思う」
　昴の言葉にアンがやたらと頷いた。佳奈は会話に笑顔で参加した。
「できれば魔王は倒したいよね」
　アンの控え目な決意に視線が飛び交い、そうだね、と揃って口にした。