ネコミケ公式キャラクター、来場中。
　それは、フリルをたくさんあしらった衣装に白いニーソックス、猫耳と猫尻尾を標準装備して、長いレーザーソードを右手に握る。魔法少女にして魔法戦士、愛と勇気と表現の自由のためにたたかうキュートなヒロインだ。
　本当にこのキャラが、二次元の世界から爆登場したわけではない。これは鬼河内 萌のコスプレである。
　だがその再現度は非常に高い。
　元キャラの幼児体型（失礼）を萌は特に工夫せずとも完璧に再現できるし（本当に失礼）、もともとアニメキャラっぽい声ということもあって、確かに服装を用意するのには手間暇がかかったとはいえ、それだけに、行く方々で「あっ、あのキャラは！」と言われる高評価を萌は獲得していた。

　けれども、どれだけ誉められても萌の心が満たされることはない。
　萌が求めているのはただ一人……野菜原 ユウだけなのだ。
　だからパレードのどこをさまよおうとも、萌の心はユウに向かって飛んでいる。独り言も出る。
「ユウくんはどんな仮装をしているのかな？　見つけられると良いな♪」
「呼んだか？」
　幻聴も聞こえる。
「おい無視すんな！　俺だよ！」
「えーっ！」
　萌は月の彼方まで吹っ飛んでしまいそうになった。なぜならそこにいたのは、ユウその人だったから。
　彼は青ベースの全身タイツ姿で、赤白ストライプの派手すぎる腹巻きをしている。なんの意味があるのか、星マークの入った丸い盾を持っていた。マスクは被っていないから、顔はおなじみの彼だ。ただ、髪は珍しく金髪一色にしていた。
「ユ、ユウくん！？　なぜここに……！」
「なぜって、ハロウィンだからだろ」
　それにしても派手なユウのコスチュームではないか。しかし、目立ちたがり屋の彼らしいではある。
「萌のそれ、どっかで見たことあるな。なかなか似合ってるぜ」
　ああ――またまた萌は、月の彼方まで吹っ飛びそうだ。その言葉だけで、今日出てきた意味があるというもの。
「ユウくんのも格好いいよ、でもどうせなら雷神様が良かったな……」
「何の話だよ」
　このとき小学生くらいの女の子が、萌の姿に気付いて声を上げた。
「あー！　魔法の呪文、やってー！」
「呪文？」
　ユウの問いに、萌は苦笑いしながら、
「えっと……ボクのこのキャラ、独自の魔法を使うって設定で……」
「ああ、魔法少女ってやつだな。わかるわかる」
　でも呪文は忘れちゃったんだー……萌はそう言ってごまかそうと思った。もちろん忘れているはずはないのだが。
　けれども萌がそう告げる前に、
「やってあげたらいいじゃん。あの子に期待されてるみたいだし、俺も見たい」
「うう……」
　俺も見たい俺も見たい俺も見たい俺も見たい俺も見たい……なんと力のある言葉だろうか。萌がこれにあらがえるはずはなかった。
　だから彼女は意を決し、全力で呪文を唱えたのである。ポーズも含めて！
「ヤッハ　シャンテン　イページャ　にゃんにゃん☆」
　やるからには中途半端は、ない！　魔法少女の呪文を唱えつつ、猫のポーズをとって、にゃんにゃんにゃんまでフルに萌は行った。
「わー！」
　女の子は大喜びだし、ユウも手を叩いているが、萌はもう顔から火が出そうである。というか、ちょと火が出たかも。
「ちょー恥ずかしい！」
　――穴が有ったら入りたいっ！！
　と思ったらそんな彼女の視線の先に、小さな洞窟みたいな四角い穴があった。どういうことだ！？
「これは……入るしかないっ！！」
　しかし萌に考えている余裕はゼロだ。迷わず飛び込む。
「お、一人かかったな」
　しかしそれは、サンマさん（寝子 サンマ）が用意した罠の穴であった。『Raton』の壁際に段ボール箱を横に倒して、『近道（ご自由にお使いクダサイ）』と札をぶらさげただけというチープすぎるシロモノ、一応、アルチュール・ダンボー氏のお手製ということらしいが本当なのかどうかは疑わしい。（……本当であってもどうということはない話だが）
「うわー、なにこれー」
　萌はじたばたと暴れるものの、そのときにはもう、サンマさんは段ボール箱を器用に両手で抱え歩き出している。
　どこへ行くのかサンマさん！？　どこへ行くのか、萌！？
　
パイ専門店『Huit Feuilles』のドアめざして、三つの顔が道を行く。
　明るい顔に怪訝な顔、そしてなんだかふくれっ面……揃って現れたのは霧生家の三人、つまり霧生 渚砂と霧生 穂月、霧生 里桜である。
「二人は行きつけらしいな、深雪もあそこのパイは大好きだな！」
「渚砂兄ちゃん、ちょっとその話は……」
　渚砂の発言を穂月がとがめた。
「え？　どうして？」
「里桜は、深雪兄ちゃんがいなくてなんか不満そうだから……」
　穂月は声をひそめたつもりだが、ばっちりすぎるくらい明確に、その発言は里桜の耳に届いていた。
　むすっ、と里桜が口をへの字型にするのがわかった。
「今日は予定あるんだってさ……まさか彼女とかじゃないよね……？」
　里桜の不機嫌の原因はこれなのだ。
　しまった。渚砂は話題を変えることにする。
「ところでほら、仮装の話してなかったろ？　俺の仮装、なにか判るか？」
「……駅員？」
　里桜の声はやはり、むすっと煮詰まっていた。
　紺色の制服姿、金のボタン、まあ確かに、古い鉄道の切符切りに見えなくもない。
　いやいやいやそーじゃなくて、と渚砂は言葉に熱を込めた。
「仮装は潜水艦の船長さんだ！　海底のロマンが……」
　目を閉じれば聞こえてくるのではなかろうか、冷たい深海を進むノーチラス号のスクリュー音が、岩礁をこだまするソナー音が……。

　けれどもその夢はあぶくとなって消える。
「でも潜水艦に乗ってないじゃない」
　という里桜の冷静なツッコミによって。
「いやそれを言われると……なんか寂しいな」
「駅員がいやだったら郵便配達員でもいいよ。それでスナイパーするの、長距離射撃」
「なんで郵便配達員がスナイパーやってんだよ」
　そんなやついるか！　と言ってみて渚砂は気付いた。里桜が笑っていることに。
「まあ、今日は穂月と渚砂と遊んであげるか」
　どうやら機嫌は直ったものらしく、里桜はくるっと一回転した。
「里桜は魔法少女の仮装だよ！　ふふ、皆の視線独り占めしちゃうもんね♪」
　穂月も応じる。
「ボクは魔法使い、渚砂兄ちゃん作。ちょっとズボンが短いけど、マントがかっこいいからよし」
　二人は顔を見合わせた。
「……被ってない？」
「被った、かも」
「それ、アメリカの変身ヒーローかと思った」
「いや確かにそういうの嫌いじゃないけどさ、こんな変身ヒーローはいないよ！　そういう里桜だって万博会場のコンパニオンさんかと……」
「なんの万博だよ！？　ていうか、魔法のステッキを持ったコンパニオンはいないでしょ！」
　肩からはマント、ブーツ履きで吊りズボン、バシッとした立ち姿の穂月、
　フリルのついたスカート、ニーソックスで絶対領域確保、十字架や翼、魔法ステッキと、小道具充実の里桜、
　すぐに穂月は気がついた。共通キーワード『魔法』こそあれど、両者に実際被っている部分はほとんどないということに。そればかりか、
　――コンパニオンでも魔法少女でもいい、やっぱり里桜は可愛い……。
　と、その姿に魅了されそうになる。けれども、
　――おっと、口に出さないようにしなくちゃ。気味悪がられる！
　という自制心はあった。だから考え直すのである。
　とにかくここは無用な対立は避け、里桜の心を自分と渚砂兄ちゃんとで満たしてあげよう――と。
　無論このとき渚砂も黙って見ていたわけではない。すでに動いていた。とっても重い荷物から、ずっしり巨大なカメラを取り出して彼は二人に向ける。
「さあ、いい表情を見せてくれ二人とも！　そろって魔法関係なんて絵になるぞ！　記念撮影だ！」
　すると里桜も穂月も、即座にこれに応じたのである。
　パシャッ。