小さな夢を抱いて｜リアクション

小さな夢を抱いて

　買い物袋を手に提げて行梨謡が道なりにいく。髪には軽い寝癖が付いていた。眠そうな目の割に足取りは軽い。
「……俺に呼び掛けているのか？」
　謡の歩みが極端に遅くなる。視線がアベルの方を向いていた。
「うちは兄さんを呼んでないで？」
「その悲しそうな目が俺に訴え掛けてくる」
「うちの目が青いから、そんな風に見えるんとちゃうかなぁ」
　謡は足を速めた。アベルの横を通り過ぎ、ワゴンの兎を取り上げて頬擦りをする。
「うさぎさんの泣き声が胸に響く……俺が幸せにしてあげなければ！」
「そっちかい、って幻聴とちゃうの？」
　アベルの声に初めて謡が反応した。青いジャージの中に着た紫のトレーナーを引っ張り出す。白抜きの愛らしい兎が描かれていた。
「うさぎさん大好きの俺にはわかる。それにここにもー」
　ヘアピンの一本に兎の顔が付いていた。あまりの力説にアベルも、そうやね、と言葉を返すしかなかった。
　謡は手に持った兎を売り子の若者に差し出した。
「お父さん、このうさぎさんを嫁にください！」
「どうぞ、五百円で貰ってください」
　若者は商品の説明をして淡々と送り出した。謡は胸に兎を抱いて至福の笑みで帰っていった。
　アベルは空を見上げた。夕陽の色が濃くなっている。
「うちも縫い包みを買うて帰ろうかなぁ」
　改めてワゴンに目をやる。積み上がった側面を崩して中の方に手を伸ばす。
「うちはやっぱり流行の厨二病のアニメキャラがええなぁ、ってあるやん！」
　探り当てたのは長い黒髪の少女であった。冷めた目で緑色のセーラー服を愛らしく着こなす。その姿にアベルは即座に購入を決めた。
「このキャラが欲しいんやけど、三百円にならんかなぁ」
「なりませんねぇ」
「せやろなー、四百五十円ならどうや」
　若者は目を細めたまま、口を閉じた。迫力のある笑みに圧されて、うちの負けや、とアベルは五百円玉を差し出した。
「お買い上げ、ありがとうございます」
　若者は朗らかな声で言った。