小さな夢を抱いて｜リアクション

小さな夢を抱いて

　目を閉じていてもわかる。身体がとても軽い。全身を柔らかく包み込む、独特な浮遊感。期待と不安が胸に交差した。僅かな波に押されて一方に想いが傾く。
　水樹はゆっくりと瞼を開けた。一面の淡い青に光のカーテンが降りてきて緩やかに波打つ。幻想的な光景に目は瞬きを忘れた。
「……息が苦しくないわ」
　真顔になって喉元を摩る。自身の白いビキニをすんなりと受け入れて大きな弧を描くように泳いだ。とても澄んだ海を思わせる。そこに一抹の不安が過った。
「生き物が、いないの？」
　広大な海に、ただ独り。その考えに水樹は縮こまる。冷たいと身体が震えた。
　どこからともなく小さな灯が現れて周囲を回る。顔を上げた水樹が掌を差し出すと上に乗った。熱帯魚は尾びれを振って愛嬌を振り撒く。
「一緒に泳ごうよ」
　水樹の誘いに乗るかのように熱帯魚は小刻みに身体を動かした。
　しなやかな肢体を使って水樹は泳ぎ始めた。その横を熱帯魚が付いてくる。
「これはどうかな」
　前方の光のカーテンに回転しながら突っ込んだ。熱帯魚は水樹を中心に据えて忙しなく回る。尾びれが千切れそうな程に振られた。
　水樹は両腕を少し広げて減速。すっと立つような姿勢で両手を合わせた。器を模した手の中に熱帯魚が収まった。
「無理はしないでね」
　掌をゆっくりと上げて熱帯魚にキスをした。
「急にどうしたの」
　熱帯魚は猛烈な勢いで泳ぎ出す。何回も弧を描いた。
「刺激が強すぎたのかな」
　水樹は笑って後を追う。熱帯魚の動きが緩慢になった。顔を上に向けて浮上を始める。
「上は危ないよ」
　熱帯魚は何かに魅入られたかのように光りを目指す。
「ダメだって。そっちは本当に危ないのよ」
　泳ぎながら水樹は手を伸ばす。熱帯魚には届かない。光の中に消えようとしていた。
「酸欠になるよ！」

　水樹は天井に手を伸ばした姿で目覚めた。上げていた手を下ろし、目元を隠す。
　真珠のような涙が一粒、頬から零れて落ちた。