小さな夢を抱いて｜リアクション

小さな夢を抱いて

　猫の顔がプリントされたパジャマに着替える。冬月詩歌は大きな欠伸をして布団の中に入った。
「むぅー、違うのです」
　頬を膨らませた詩歌は起き上がる。飾ってあった三体の縫い包みを胸に抱えて布団に入り直した。仰向けの状態で瞼を閉じる。間もなくして唇がむにゅむにゅと動き出す。
「寝苦しい気が、するの」
　詩歌は横向きになった。黒猫と白猫を胸に抱え込み、新たに購入した黒兎を加えた。
「みんなで一緒に、夢の中なの……」
　詩歌は丸まって静かに瞼を閉じた。

　詩歌は小さな切り株に座っていた。淡い陽光に照らされて浅い眠りの中にいる。目を閉じた状態で頭が上下に揺れていた。
　大きく頭が下がった瞬間、詩歌は目を開けた。ぼんやりとした青い瞳で前を見る。
　大きな切り株に茶器が乗っている。木の器には色々な形のクッキーが盛られていて狸や犬が気軽に摘まんでいた。会話は弾んでいて詩歌にも内容が聞き取れた。
「夢の中の茶会みたい」
　視線を周囲に広げた。切り株のテーブルがそこかしこにあり、多種多様の動物が入り交ざって茶会を楽しんでいる。
　詩歌は立ち上がった。ふわりとスカートが広がる。就寝前のパジャマではなく、青と白を基調にした可愛らしいエプロンドレスを着ていた。
「……不思議の国の詩歌なの」
　少しはにかんだ顔で呟いた。そこに白いタキシードを着た黒い兎が恭しく進み出た。
「そこの愛らしいお嬢さん。森の茶会へ、ようこそ。私がホスト役のクロトと言います」
　被っていたシルクハットを手にして頭を下げる。詩歌は慌ててスカートの端を摘まんで会釈を返した。
「縫い包み、ううん、クロトに会えて、嬉しい。あの、少し背が伸びた？」
「お嬢さんと釣り合いが取れるように、少しばかり」
　クロトはシルクハットを被り直した。
「それではお席に案内させていただきます」
「よろしくです」
　クロトに連れられて歩いていると、横手から声を掛けられた。
「初めて見る顔だ。茶会は初めてかな」
　大きな熊はハチミツの付いた手を舐めながら言った。詩歌は迷うような表情をしたものの、にっこりと微笑んで見せた。
「初めてなので、うきうきです」
「それは良かった。楽しんでいってくれ。ここのホットケーキは絶品だよ」
「ハチミツがいっぱいで、とても美味しそう」
「そこが美味さの秘訣さ」
　熊は皿に残っていた三段重ねのホットケーキを一口で平らげた。詩歌は小さく手を振ってクロトの元に走っていった。
「お嬢さんの席はここになります」
「ありがと、です」
　切り株のテーブルには先客がいた。黒猫と白猫が皿に乗った魚を夢中で食べている。もじもじしながらも詩歌は尋ねた。
「猫さん達は、クロとシロなの？」
　二匹の猫は同時に顔を上げた。
「確かにクロは俺だが」
「私はシロだけど」
　二匹は言葉を待つように詩歌をじっと見る。
「いつから仲良しになったの、かな」
　隣り合った二匹は友好の証と言わんばかりに肩を組む。
「俺とシロの仲は悪くないが」
「親友なんだけど」
「そう、なの？　私の勘違い、かな」
「それより、嬢ちゃんの料理がきたぞ」
　クロの指摘で詩歌は横を向いた。クロトが銀色のトレイを運んできた。
「苺のタルトレットです。紅茶と共にお楽しみください」
「クロト、ありがとです」
　詩歌は芳醇な香りのする苺を摘まんで口に含んだ。抑えられない笑みを浮かべて、美味しいです、と言った。横に控えていたクロトは一礼で返した。
　動物達に囲まれた詩歌は周囲との会話を楽しんだ。人ではない相手に人見知りの性格が出ることはなかった。