小さな夢を抱いて｜リアクション

小さな夢を抱いて

　碧空に映える白い雪原に険しい氷山。玲音はその真っ只中に立っていた。
「すごーい、まっしろだよだよ！」
　喜んだ拍子に猫耳のキャスケットが落ちた。拾い上げて被り直した直後、驚いた表情で自身の服装に目を向けた。薄い水色のパーカーにハーフパンツという寒々しい姿に両手を広げて叫んだ。
「ぜんぜん、さむくないの！」
　ペタペタと足音が近づいてくる。玲音が音の方に向くと一匹の恰幅の良いイワトビペンギンが歩いてきた。片方の羽を上げる。
「ペンちゃんおはよう、はよう！」
　ペンギンは途中で走り出し、玲音は胸で受け止めて互いの背中をぽんぽんと叩いた。
「え、おさんぽするの？　いいよ、ペンちゃん！」
　ペンギンは先に歩き出した。玲音が少し遅れて付いていく。
「ふつうの道じゃないんだね」
　靴の裏が滑るのか。玲音の歩き方は慎重で上体が不安定に揺れた。慣れない道程で表情には僅かな疲れが見て取れる。
　ペンギンは立ち止まって玲音の様子を窺う。
「うん、ちょっとつかれちゃったかな」
　ペンギンは玲音の背中を羽で摩った。黄色い眉のような冠羽を上げると近くの穴に頭から飛び込んだ。
「ペンちゃん？」
　待っていても穴から出て来ない。心配になって近づくと、ペンギンがロケットのように飛び出した。口には魚を咥えている。雪原に足から着地して身体を振動させた。
「このお魚をボクに？　でも、生はムリだよ」
　それでもペンギンは羽で食べるように促した。玲音は目を閉じて魚の頭に齧り付く。モグモグと口を動かし、突然に目を見開いた。
「おさかながあまーい！　おいしいよ、ペンちゃん！」
　ペンギンは両方の羽を上下に動かして喜びを表現した。
　力を取り戻した玲音はペンギンとの散歩を続ける。
　氷山が間近に迫ると賑やかな声が聞こえてきた。他のイワトビペンギンが斜面を利用したコースでレースを行っていた。誇らしげな胸で軽快に滑り降りる。
「すごくはやい！　ペンちゃんも出るの？　じゃあ、ボクはおうえんだね！」
　ペンギンは胸を張ってコースに向かう。
「がんばれー、ペンちゃん！」
　五コースの真ん中で腹這いになったペンギンが羽を振って声援に答える。
　一匹のスターター役がゴールの脇に退いた。五匹の様子に目を配り、一気に胸を膨らませた直後に大きな声で鳴いた。
　五匹のペンギンは横一線で飛び出した。羽でコースを掻いて加速させる。最初のカーブで膨らんだ三匹が脱落した。
　三コースと四コースの一騎打ちとなる。
「ペンちゃん、がんばれ、まけるなー！」
　玲音は握った拳を何度も振り上げて応援した。声の限りに叫んだところで最後のカーブを迎える。
　曲がるタイミングが僅かに遅れた。減速した一匹を尻目に黒い弾丸がゴールを撃ち抜いた。
　同時に玲音が笑顔で走り出す。起き上がったペンギンを強く抱き締めた。
「やったね、ペンちゃん。かったよ、一ばんだよだよ！」
　喜びを分かち合ったあと、ペンギンはコースに戻った。玲音を背中に乗せてゆっくりと滑り出す。
「ペンちゃん、風がとてもきもちいいよ！」
　他のペンギン達は勝者に惜しみない称賛を送った。

　翌朝、玲音はすっきりした顔で目を覚ました。
「たのしかった、いいあさ！」
　枕元では縫い包みのイワトビペンギンが静かに見つめていた。