小さな夢を抱いて｜リアクション

小さな夢を抱いて

　城山水樹が伸びやかに歩く。鮮やかなオレンジのタートルネックに白いパンツを穿いた軽装でも人目を引いた。均整の取れた身体はそれだけで人々の関心の的になる。当の本人は気にした素振りを見せず、道端の屋台に目を向けた。
「珍しいわね」
　水樹はふらりと立ち寄った。ワゴンの縫い包みの山に目の色が変わる。売り子の若者は眼中に入らないのか。手に取っては、可愛いわ、とうっとりした声を出した。
　一匹の熱帯魚を目にした瞬間、水樹の表情が強張る。微かに震える指を伸ばして柔らかく包み込むと、顔の前に持ってきた。
　色鮮やかで精巧な作りに思い出が胸に溢れる。
　小学校四年生の水樹は商店街の福引で熱帯魚を引き当てた。はずれの類いかもしれないが本人は大喜びで両親に報告した。水槽を用意してまめに餌を与え、その日の出来事を熱帯魚に語って聞かせた。
　ある日、いつものように水槽を見ると熱帯魚が浮上して口をパクパクとさせていた。空腹を訴えているように見えて、いつも以上に餌を多く撒いた。
　翌朝、熱帯魚は水槽の底で眠るように息絶えていた。酸欠が原因であった。
「気に入りましたか」
　若者は穏やかな声で尋ねた。水樹は表面上、朗らかに返した。
「昔を思い出して少し悲しくなったわ」
「そうですか。その縫い包みを抱いて眠れば、夢の中で会うことができますよ」
「面白い売り文句ね」
　若者は諦めにも似た笑みを浮かべた。
「これを貰うわ」
「また次の、え」
　若者が動きを止めた。水樹は熱帯魚に頬を寄せて笑っていた。