寝子島３０００周年記念！｜リアクション

寝子島３０００周年記念！

＜ゼロ・シーアールシーの未来＞
　ゼロ・シーアールシーは、人気のない街角を歩いていた。
　一見すれば、現在の寝子島と変わらない。だがそれは表向きで、水平線のかなたに揺らめく対岸の巨大積層構造体や、さまざまに駆使された機器を目にすれば、ゼロがすさまじく技術の発達している場所にいることはしれた。

　携帯電話、モバイルといった電子機器は、初めからなかった。
　すべて精神にインストールされ、必要な外部機器は埋め込まれている。
　コンピュータに統御され、データ化されて、常時アップロードが可能。
　ホストコンピュータとのリンクにより、思考の増強も思いのまま。

　道を行く人々が、不意に宙を見上げる。
　通信機器は必要なかった。五感すべてを使うテレパシーが、情報を迅速に伝える。
　データ化した精神は、いかなるところへも移動可能。テレポーテーションも可能。

　人類の歴史は、愚行の歴史だったといえる。
　あんなことをするのではなかったという、後悔のつながり。

　それでいうなら、ゼロの未来は、一つの理想形だ。
　人類がたった一つの価値観を共有し、その実現に向け邁進し、成功した。

　生産という概念が否定された。
　私的所有という概念も消えた。
　そもそも、仕事じたい、機械が行う。労働もなくなった。

　そうした結果、犯罪そのものの意味が失われた。
　いざとなれば何でも手に入る。そのような世界で、人を害するのに何の利があるか。

　そうして人類は、一つの理想へとたどり着く……。

「皆がまったりゆったりお昼寝できる世界なのですー！」ゼロが歓喜にあふれて、叫んだ。
　まさに人類は「まったりゆったり」することに一致団結し、その実現のために心血を注いできたのだ。
　その結果、空は青く、陽はうららかな、大いなる午睡の時間が訪れたのだ。

「素敵なのですー！」陶然と笑みを浮かべる。
　もちろん、人間の精神は鈍磨するばかりではない。いざとなれば、人類の至宝、あらゆる芸術作品に触れることも可能。そうしたアーカイブの一番奥まった場所。
　そこに、彼女の作品があった。
　時が流れるのをやめてしまったような、凍てついた芸術。
　寝子島出身の夭逝の芸術家、三宅葉月の絵は、往時の色彩、パワー、苦闘をそのままに、飾られてあった。
　戦いを閑却した人々より、その真の価値を知るのは、時間の漂着者。
　人がかつて働いていたことをしる、最後の世代。

　十字路に立つ、年若い親子連れを、時間転移してきたと感じ、ゼロは話しかける。
「理想の世界なのですー」
「そうね、悪くない」大天使天吏は薄く笑った。
　いろいろ醜悪な多元宇宙を見てきたが、ここは比較的ましなようだった。

　なによりーー。
　彼女は空を見上げる。
　空が、本来の所有者のもとに帰っている。
　それは、評価してもよい。
　中天に、何羽もの鳥が、鳴き交わした。

「いろいろいますが、好都合！」クローディアは笑って、ロープを取り出した。「サンプル採取！」

　あらゆる人間を密室に閉じ込め、精神の変容を確かめる実験の行方は知れない。
　いずれにせよ、天吏の興味を引くものではなかった。
　娘の興味あるものに、母が理解を示せないのは、悲しい事であったが。
　　