寝子島３０００周年記念！｜リアクション

寝子島３０００周年記念！

＜大天使天吏の未来＞

「あはは！　実験材料ゲット！」
　どこかで聞き覚えのある、そこ抜けに明るい笑い声を聞いて、大天使天吏は目を覚ました。
　見知らぬようで、どこか記憶にある海岸線。
　寝子島に間違いはないが、どこか自分の記憶とは違う。
　身を捩ろうとして、天吏は自分がロープで雁字搦めにされているのに気付く。
　鉄塔の電線に、鴉がからめとられてしまったようだ。
（……何なのかしらね、これって）
　状況が把握できないが、おそらくはまたおかしな現象に巻き込まれたのだろう。
　それにしては、目の前にいる少女。
　おそらく自分をロープでしばりつけた彼女に、強い既知感がある。
「あなた、だあれ？」
　妙に重ったるい疲労感を感じつつ、少女に尋ねる。
「人類研究者です！」
「……人類、研究者？」
「私の一族、学者で！　代々、植物とか鳥とか鉱物とか、それぞれ研究してたんですよ！」
「……へえ」どこかで聞いたような話だ。
「植物学者の次が鳥類学者とか。それぞれで名だたる業績を残して、学者の家としてかなり繁栄して」
「……それで、あなたの研究対象が」
「そう、だから一族の誰も手を付けてない、新しい属目！」少女はニッコリ笑う。「人類！　で、金髪のあなたは人類の標本」
　天吏は、少女の言葉を興味深く聞いた。
　自分が人類の標本として適当かどうかは別問題であるが、彼女の家庭の事情、生い立ちに、妙に思い当たる節がある。
　少女の顔かたちも、黒髪であるという点をのぞけば、面影がないとは言えない。
「……あなた、名前は？」予感に突き動かされるようにして、天吏は尋ねる。

　返事は、天吏の予想に違わぬもの。

「大天使クローディア！」

　なるほど。
　どうやらいつもの怪奇現象で、自分は未来の寝子島に飛ばされてしまったらしい。
　そして、目の前にいる少女は、自分の子孫であるらしい。
　眼帯もなく黒髪、ハイテンションで底抜けに明るい点を除けば、鏡の向こうの自分によく似ている。

　人影のない砂浜に、鳥たちが鳴き交わす。
　灰褐色の光のない空。黒い鳥影が無数によぎり、いくつもの啼声で世界が響む。
　終着の浜辺。

　天吏は、目下の状況が嫌いではない。
　ロープで縛られているのは勘弁だが、薄汚い人間との交渉などすっとばして、いきなり自分の遺伝子を備えた者が現れるのは面白い。チューブ・ベイビーのようだ。
　そして、子孫が「人類研究者」と自称しているのも興味深かった。
　人間など、欲深い上に無知最低最悪の存在だが、それでも研究対象としてみれば興味深いのかもしれない。
　明るく朗らかで、何か底知れぬものを感じさせるクローディアは、昼の光が濃い影をつくるように、その気になれば「標本」にさっくりメスを這わせそうな、たのもしい残酷さがあった。
　私とは違った行き方が、彼女にはある。

　――自分のたどり着けぬ場所に、この子から行けるのかもしれない。
　そう思った天吏は、皮肉げに唇をゆがめる。

　それが、人間の子に母が抱く、ごく当たり前の願いと同一のセンテンスであることに気づいて。

「金髪のあなた！　私、あなたと似てるみたい！　標本じゃなくて、助手です！」そんな母心を子は知らず、クローディアは天吏に絡みつくロープをわしわしと引きちぎる。
「なんだかさっきからこの島、見かけない人がいっぱいいてチョー大変なんですよ！」
　興奮に顔を紅潮させ、クローディアが言う。
「で、みんな捕まえて、狭いところに閉じ込めて、どう変化するのかみたいんです！　ね、金髪のあなた、一緒に来て！」

　時を超えた先祖と子孫、終末の浜辺でピクニックである。

「あ、あれなんかいいですね！　ガタイもいいし、標本にはもってこい！」
　うずくまった形の、一人の男の姿を認めて、クローディアが笑う。
（……）
　彼女を見遣りつつ、天吏は憂愁の気分に身を任せる。
　墨を流したような空には、いつの間にか無数の鳥が蝟集している。
　クローディアに対する感情を若干持て余し気味で、彼女はもの憂い気分で、空を眺めていた。

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