寝子島３０００周年記念！｜リアクション

寝子島３０００周年記念！

＜志波武道の未来＞
　クローディアの発見した男は、天吏も見覚えがあった。
　もともと人間に関心のない彼女。詳しいプロフィルなどは知る由もない。
　今回の変異が、時間の流れを混乱させるものであるなら、彼もまた、この地へ漂着してきたのであろう。
　嬉々として、武道をしばりつけようとするクローディア。
　しかし、彼が「標本」として適切かどうかは、定かではない。

　志波武道は、じっと目を閉じている。
　瞑目するかのように、その貌に深い翳を刻んで。
　彼は、時間を跳躍するのではなく、その体に滞留させてきたのだ。
　体は、１７歳の時のまま。
　皆が生きて死んで、そして生まれてを繰り返す中、彼は自分の時間を固定し、時の流転を見守り続けていた。
　
　時に、別の時間帯を。時に、同じ時間帯を。
　無数の時間、そして無数の人生を、彼は見守り続けてきた。
　なんとそれは、長い時間で、孤独な作業であっただろうか。
　少年の笑顔が、いつか引き裂かれることを彼は知っている。
　無垢な母親の祈りが、届かないことを彼は知っている。
　知りながら、その営みを見届けることは、並の人間にできることではない。

　いつしか武道の相貌は、若々しさはそのままに、修行僧のような凄みを獲得した。
　いまやそれは、時の流れに研磨された、仏師の手になる雄渾な彫刻のようにさえ見えた。

　そうでありながら、武道はけして、人の営みから目をそらすことはなかった。
　あんな面白いことがあった。
　こんな出来事があった。
　あんな悲しいことがあった。
　こんな怒りがあった。

　彼はすべてそれらを覚え、そして手元の手帳に書き込んでいった。
　余さず、すべての事情を。
　ぼろぼろになったその手帳、表紙にはかろうじて『弟マル秘手帳』と書かれている。

　そういえば、このメモをとる手帳は、何のためのものだったか……。

　クローディアの行動が作用したのか、武道の心の中で、実に数百年ぶりの心の揺動が生まれる。
　ひどく大切なものだった気がする。
　誰か、とても大切な人のためのものだった気がする。
　思い出せない。思い出せないことがひどく悲しい。
　実に数百年ぶりの、ひどい哀切の念が、武道の胸を灼いた。

「反応があるんですかねー」無邪気に武道を覗き込むクローディア。「ますます標本として、興味がわいてきちゃいました！」
　嬉しそうに武道を引っ張り上げようとするクローディアを見ながら、天吏はふと、大気の様子が変じているのを感じる。
　まるで天吏に、警告を発するように、鳥たちの声がかまびすしくなる。
　－ｰ異変？
　振り仰いだ天吏達の前に、時ならぬオーロラ色した時間の流れがあふれてきた！

　－－ああ、またか。
　次元のゆがみを幾星霜。志波武道の旅は、まだ終わらない。

●
　その有様を、一段高みより、旅鴉月詠は見下ろしていた。
　武道が、そうした道を選んだのは頷ける話のような気がしていた。
　３０００年前、盛んに武道が脱いでいた時も、彼の目はどこか昏く、透徹していた。
　あらゆるものを引き受けたい、と願う人間が『観測者』を選ぶのは、ある意味必然と言える。
　ただ、あらゆる痛苦を生のまま引き受ける、武道のやり方は、驚嘆に値するが。
　溜息を一つついて『魔女』は筆で絵具を取り、カンヴァスをそっと見上げた。

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