せんべい牢獄・その２

◆
穴を掘る、という行為につきものな問題がある。
掘り出した土――この場合せんべいだが――の処理だ。
放置しておけば、いずれ山となって看守たちの目に着いてしまう。
そうなれば氷によるキツいお仕置きが待っているのは、想像に難くない。
だから脱獄を目指す囚人達は、その対策もしなければならないのだ。
せんべい牢獄の牢名主を自称する桜崎 巴は、自身は直接脱獄に加わらない代わりにその辺りの工作をしていた。
蛇の獣人の身体でとぐろを巻き、掘り出されたせんべいをその陰に隠すのである。
もっと尾の長い大蛇なら、穴も隠せたのだが――あまり元の身体から逸脱した大きさにはなれないようだ。
そこは見張りに回ってくれる囚人達を上手く指揮し、人垣で隠したりしてやり過ごすことにした。
さて、いくら巴が身体の陰に隠すといっても限度がある。
朝鳥 さゆるや御巫 時子がその処理に当っていた。
さゆるはそれとなーく壁や床の隅に掘り出されたせんべいの欠片を、注意して見ないとわからない程度にばら撒いて偽装工作。
せんべい牢獄の暗さのおかげで、そうそう気付かれることはない。
一方、時子の方はというと。
「……」
せんべいを食べていた。
なるべく音を立てないように、静かに上品に。
「……美味しいの？」
小声で問うさゆるに、「はい……」と時子。
ごくごく普通の「せんべい」の味がするらしい。
「ふーん……」
これも隠蔽作業の一環だろう。
陰に隠れて、せんべいを処理することにした。

◆
パチン、と軽く弾くような音が三度響く。
邪衣 士が『天の救い』を発動させたのだ。
「３５度くらいなら問題はないか？」
「猛暑日なみだね。……ま、雪女の奴に適宜冷やさせれば、なんとか堪えれるさ。それに日差しがない分、本物よりはまだマシだろう」
「その雪女が耐えられるかが心配だが……それこそ自力で冷やしてもらうか」
巴とそんなやり取りをする間にも、牢獄の――かぼちゃ城周辺の気温がぐんぐん上がっていく。
何のためにこんなことをしているのかと言うと、看守の雪女を弱らせるためだ。
冷たいオバケなのだし、暑いのには弱いはずだ……おそらく。
もっとも、巴の言うとおり猛暑日並みの気温である。
暑さに弱かろうが弱くなかろうが、辛いはずだ。
「なんだ……急に暑く……」
海原 茂が、辛そうにうめきながら眼鏡の位置をなおしているのが見えた。
他の雪女達も、徐々にぐったりしてきている。
明確に、牢獄の中へ向ける目は緩みつつあった。
仲間達への負担も考えて、ここで一旦ろっこんを解除しておく。
あとはカラスやクローネが来る前に、ここから消えることができれば最善。
……なのだが、あいにくドラキュラの姿でもこうもりになったり霧になったりはできないらしい。
出くわさないことを祈るばかりだ。

◆
鷹城 空は、幽霊のすり抜けを駆使して地形偵察に向かっていた。
……というのは、まあ建前上だ。
本当のところは、悪魂石探しが主目的。
彼女は石がここにあると確信していたからだ。
何故ならば――牢獄に入れられるほどの重罪とは、『この場所に侵入した罪』。
それ即ち、悪魂石が隠されているからこそ！
「名探偵、鷹城空の推理は今日も完璧！」
ひとりほくそ笑みながら、空はせんべいをすり抜けて進んでいく。
とりあえず目指すところとしては、光の指す方向、か。
「光を求めろ、とか言ってたしな」

◆
あの手この手を駆使しても、いつまでも見つからずに済むはずはない。
……いやむしろ。
今ここまで見つからずに済んだことが、幸運だったというべきだろう。
「……む？」
暑さでややぐったりしながらも、海原 茂の目が牢獄内を厳しく見渡す。
数名姿の見えない者が居ることに、彼は既に気づきつつあった。
「おい、姿が見えないものが居るが。……何をしている？」
桜崎 巴が、大げさに肩をすくめてそれに応じる。
「この暑さだからねえ。できるだけ涼しそうなところに集まってやり過ご、」
言葉は、雷鳴にかき消された。
一条の雷に身体を射抜かれ、巴は倒れ伏す。
「下手な嘘をつくなよ、囚人が」
舌打ち混じりに呟く茂。
牢獄内を、それこそ稲妻めいた緊張が駆け抜けた。
いざという時は看守対応にまわるつもりだった面々も、改めて見せられた茂の攻撃性に慎重にならざるを得なくなる。
しかしそこで、
「ハーイうなっしー先輩♪」
ひどく場違いな、浮ついた声が響いた。
信楽 世平が幽霊の身体で檻をすり抜け、茂のすぐそばに浮遊していたのだ。
「あっしと鬼ごっこなんていかがでしょ。おっと、そんな……プッ、ふざけた格好じゃあっしにゃ追いつけやせんよねぇ、失敬失敬！」
唖然とする茂を笑う、いや嗤う世平。
ただでさえ攻撃的になっている茂には、それは度し難い挑発だった。
「おーこわっ！」
氷が放たれる寸前、世平は今出せる最大速度で退避。
捕らえんとする雪女の看守達の間を、縫うように飛び回る。
気温のせいか、彼らの動きが鈍いのが救いだった。
加えて、巴の近くで待機していた神野 マキナが『スイーツトラップ』で援護。
彼女の指が鳴る度に、近くの雪女が転んで動かなくなっていく。
「ちょこまかと！」
業を煮やした茂が、突きつけるように指先を世平に向けた。
『正確無比の雷』が放たれんとするまさにその瞬間――、
世平が見せたのは、小さなピースサインだった。
それは合図だ。
牢獄の中で最善の時を待つ、浮舟 久雨への。
「――」
視界に捉えると同時、『浮かぶ瀬は瞬刻にして』が告げる。
動くべきは今――あの雪女を狩れ、と。
「――うぅぅあァァァァァッ！！」
狼の獣人の姿に相応しい咆哮と共に、地を蹴りつける。
世平を狙う氷の余波で弱まっていた檻を、獣の力と速度に任せてぶち破った。
雪女に、囚人に、そして茂に動揺という揺らぎが走る。
その揺らぎのもたらした意識の空白を、蒼き狼は逃さなかった。
地擦りに払われた腕の一薙ぎが、茂の足元を刈り取る。
「な……っ！？」
雪女の身体ではその衝撃に耐えることは叶わず、茂は体勢を崩した。
一寸遅れて指先から放たれた雷が、牢獄の天井を焦がす。
それを最後に、床に転がる茂はぴたりと動くのを止めた。

一拍の間。

そして我に返った看守の雪女たちが、一斉に久雨と世平へ雪と氷を浴びせかける。
「皆、あとは――……」
役目は果たした。急激な冷気に身体が動かなくなるのを感じながら、久雨の意識は遠のいていった。

これより、牢獄は戦場と化す。
猛暑日のような暑さは、雪と氷によって引いていった。

久雨のぶち抜いた穴から真っ先に飛び出したのは、来栖 棗だった。
一番気に食わなかった茂をやられてしまったのは腹立たしいが、その分は他にぶつけて発散してやる。
雪女が飛ばす氷に、すかさずヨーヨーをぶつけて迎撃。
蝙蝠獣人の羽で飛び、ヨーヨーを直に雪女へ叩きつけた。
『ストレイキャット×アラウンドザワールド』――悪意に応じ、雪女たちが吹き飛ばされる。
「おうおう、やるやないか！　俺にも『火遊び』させてーや！」
次いで飛び出したのは、中途まで見張りに徹していた暮内 響介だ。
雪女の力で生み出したつららを両手に構え、看守に一撃、いや二撃叩き込む。
そのまま流れるように、つららを床で「摩擦する」。
『炎熱襲』――つららの先端から炎を放ち、文字通り火遊びをするが如くに響介は暴れ狂う。
「っ、あっつ！？　てめえ、気をつけやがれ！」
「すまん悪かったのう！　次は気ぃつけるから堪忍してや！　――っと！」
物陰から棗を狙っていた看守を、『炎熱襲』が退ける。
「今のでチャラにしてくれんか！」
「るっせ！　元はと言えばてめえに気ぃとられたせいだからな！」
悪態と共に、炎とヨーヨーが飛び交う。