Search for lost books｜リアクション

Search for lost books

　夕方まで散歩を続けた桃川圭花。
　鞄の中にはシーサイドタウンで買った香水が入っている。香水店ではテスターなどであえて金木犀の香りを嗅ぐことなく、店員に聞いて購入した彼女は上機嫌だった。
　手には図鑑を持ったまま、相変わらず金木犀をのんびりと探している。
　「後で香りを楽しもう」
　そんなことを言いながら、星ヶ丘寮の敷地の近くまで来たところで声をかけられる。
　「返して」
　と、そこには星ヶ丘寮での回収を終えたアン・リアルが立っていた。
　「あら、回収しに来たんだ。ご苦労様」
　まったく労わりの気持ちを込めずに言葉を吐く圭花。その口元には悪戯な笑みが浮かぶ。
　「ちゃんと返さない人が多くてみんな困るの。読みたい人が読めないのはとても困るから」
　アンは圭花の不穏な気配を気にせずに言う。
　「私もちょっとは困るわけだけど……こうなったらあなたにとってはそれ以上に大問題なんじゃない？　悲劇よねぇ。憐れな植物図鑑二等兵殿は国旗にくるまれてご帰国、なんて」
　回収する人間が困ることを意図するように、図鑑を広げてページをばらばらにしようとする圭花。
　「そんなことをしても無意味。壊れたら修理すればいい。壊れていても本を回収すればいいだけ」
　淡々とそして容赦なくアンは言ってのけた。それはアンの長所でもあり欠点でもあった。
　「呆れた……」
　と、本を分解しようとするのを止めた圭花は言葉を続ける。
　「でもあなたに本を預けるのは不愉快だから後で自分で返しに行くわ。じゃあね」

　旧市街の一軒家。
　人のよい老夫婦の家で恵御納夏朝はお茶を頂いていた。彼女の足元には白い猫が擦り寄っていた。
　既に何件も家を回り、回収した本を入れたバッグには猫シールが貼られている。
　「あったあった、これだのう」
　そう言っておじいさんは１冊の小説を持って来る。題名は『猫の小説家』。
　猫の『ボク』がどうして物語を紡いでいくのか苦悩していくお話である。
　物語は絵本のような幻想的で柔らかな雰囲気と、思い悩んでいく『ボク』の怜悧な考察が交互に繰り返されていて、面白いのだと老夫婦は語る。
　「表紙のこの子が、うちの子のお母さんによく似ていてねぇ」
　お煎餅を夏朝に手渡しながら、彼女に擦り寄っている猫を指し示すおばあさん。
　「ワシたちばかりが長生きしてしまうものじゃ」
　と、おじいさん。
　「かといって置いていくわけにもいかないでしょう？」
　おじいさんの言葉に困ったふうにおばあさんは諭す。
　「僕も猫さん好きだから」
　言葉少なに夏朝は状態確認も兼ねてその小説をめくる。
　大事に扱われていたのか、数十年もたった今でも状態は良好と言って差し支えのないものだった。
　はらりと小説の間から写真が１枚。
　「こんなところにあったんだねぇ」
　と、目を細める夫婦。
　その写真は１匹の猫が写っていた。凛として、どこか寂しそうな表情を浮かべたそれは小説の表紙や挿絵に描かれた白い猫とそっくりだった。
　「……本。回収してもいいんですか？」
　少しだけ胸に痛みを覚えつつ夏朝は老夫婦に尋ねる。猫好きなだけに余計にそう感じるのかもしれない。
　「構わんよ。猫が好きな人にもっと読んでもらえば本も喜ぶ」
　「すっかりうちの物にしちゃいましたからねぇ」
　と、申し訳なさそうな雰囲気の夏朝を気遣ってか、２人は優しく笑う。
　「ありがとうございます。図書室に戻ったら……僕が最初に借ります」
　そう宣言すると夏朝は２人に深く深くお辞儀をした。

　たくさんの本が入ったバッグは彼女のろっこん能力によって多少軽くしてはいたが、その重さは彼女にとって心地よい思いの詰まった重さでもあった。