予防注射の秋｜リアクション

予防注射の秋

　入れ替わりに二宮風太が廊下を歩いてきた。
「きみもちゅうしゃうちにきたの？……こわいよね」
　同じくらいの年と見て、太陽が声をかける。
「うん、こわいね……」
　風太が同意した。
「でも、呼ばれちゃったから行かなきゃ。きみもがんばってね」
　小児科の診察室に消えていく風太の後姿を、太陽は見送った。

　そんな少年たちを見ながら、怜理はふと思う。
（私が太陽くらいの時はどうだったかしら）
　少なくとも注射を嫌がって泣いた記憶はない。
　素直に泣ける太陽は可愛い。
　少しうらやましい気もした。　

「三夜暗さん、怜理さん、太陽くん、診察室へどうぞ」
　まとめて呼ばれ、暗はまだ泣いている太陽に優しく言った。
「……よーし太陽、今は注射しなくていいぞ！」
「ほんと？　でも」
「お、泣き止んだな、いいぞ太陽。それじゃあ兄ちゃんと姉ちゃんが手本を見せるから、見てて話だけでも聞くといい」
「……うん、わかった。ぼくがんばる……」
　しぶしぶ言う太陽を抱っこして暗は、診察室へ向かった。
　診察室に入ると太陽を怜理に任せ、腕を出す。
「きりにー、俺と怜理を先に頼む」
「わかった」
「見てろよ太陽、注射が痛いのは刺す瞬間だけだ……その時に腹に力を入れて我慢すれば……」
「いくぞ」
　霧人が暗の腕を取りそっと針を押し当て、そのままゆっくりと刺していく。
「この通りだ！　一度刺さってしまった後はもう痛くない」　
　暗は太陽に満面の笑顔を向ける。その暗の頭に、霧人はぽんと軽く手をやった。
（公私混同する気はないが……ま、これくらいはな）
「次は怜理だな」
「そう、……私の番ね」
（霧人兄様なら安心ね。信頼してるわ。実際痛くても顔色を変えたりはしないけど）　
「よし、終わりだ」
　霧人は怜理にも、ぽんと軽く頭に手をやり撫でた。
　何かむずがゆい思いをしながら、怜理は言う。
「……さあ、次は太陽の番よ」
「さあ、もう『今』は終わりだ太陽。きりにーが悲しむからちゃんと注射を受けるんだ。いいな？」
　暗も促した。
　兄と姉が注射を打たれる姿を見ていた太陽は、勇気を奮って言った。
「ちゅうしゃをこわがらないのが大人だよね……ぼくも早く大人にならなきゃ……だってお兄ちゃんやお姉ちゃんのおとうとだもん！」
「よし、さすが俺の弟だ。ちゃんと注射を受けるなら、抱っこしといてやろう」
　暗が太陽を抱きかかえて椅子に座る。昔自分がしてもらっていたように。
（太陽の奴、結構大人しくしてるな。暗と怜理が上手く説得してくれたみたいだ、助かるぜ）
　霧人も満足そうに頷いた。
「さあ、次は三夜太陽くんかな。我慢できるか？」
「きり兄ちゃん、おねがいします！……あんまりいたくしないで！」　
　ぎゅっと目を瞑りプルプル震えながら太陽は言う。
「さすが男だな、かっこいいぞ。大丈夫、今日の晩飯のことを考えてればすぐ終わるさ」
　そう言って霧人は優しく太陽の手を取る。
「きょうのばんごはん……うぐ……」
　太陽が力を抜いたのを見計らって、針が刺される。
「痛いけど……ちゃんと我慢したよ？」
　太陽は、涙をこらえて兄たちの顔を見た。
「よく頑張ったな！　すごいぞ！」
　思いっきりほめる暗。
　頭をぽんぽんと撫でる霧人。
「よくやったわ」
　怜理も笑顔でほめる。
「えへへ♪やったー！　うれしい！」
　素直に喜ぶ太陽を見ながら霧人は思う。
（小さい弟達の姿を見るとやっぱ心が和むもんだな。今日は久々に実家に帰ってみるかな）

　診察室を出て、怜理はささやいた。
「暗兄さん、お疲れ様」
　
　