予防注射の秋｜リアクション

予防注射の秋

△三夜家　三……四兄弟

　小さい子供をつれた中学生二人が、待合室を訪れていた。
「きりにーが、今年のインフルは注意しろと言ってたな……まあ俺はいつも免疫強化するイメトレしてるから、エボラも無効な自信はあるが。おい誰だ馬鹿は風邪引かないって言った奴！」
　童顔の割に中二病な空気を漂わす口調で言ったのは、兄の三夜暗。実年齢もまさに中学二年生。
　誰も言ってないわ、と思いつつ聞かなかったふりをしているのは、妹の三夜怜理。ポニーテールが似合う中学一年生の美少女だ。
「俺ほどにもなれば逆に天才すぎて風邪無効なんだよ……。まあいい。どうせワクチンなど意味ないが、太陽に注射など怖くない事を見せてやるために、俺も受ける事にしよう」
　二人に挟まれて青くなっているのは、大家族の三夜家の末弟、三夜太陽。小学一年生。
　ちなみに付き添いの都合上、太陽も内科で注射を受けさせてもらうよう許可をもらっている。
「ち、ちゅうしゃ……だってあれいたいんだよ？　そんなこわいのぼく……いやだよ……」
　皆にかわいがられいつもニコニコ笑っている太陽だが、今日は様子が違う。
「太陽、注射など怖くないぞ」
　普段は年上の兄弟の濃さに隠れて居場所がないので、弟にくらいはかっこいいところを見せたい暗。
「予防接種は大事……だから受けるべきよ」
　怜理も言った。
　二人は、太陽のつきそいを兼ねて予防接種を受けることにしたのだ。
「だってほかのお兄ちゃんお姉ちゃんたちから「ちゅうしゃはいたい」ってきいたから！　ぼく、いたいのはいやだよ！　それにちゃんと手あらいうがいしてるもん！」
　大家族の三夜家は、養子を含めて兄弟姉妹がたくさんいるのだ。怜理も養女の一人だった。
（でもつきそいで来てくれたあん兄ちゃんとれい姉ちゃんのためにがまんしてうけなきゃ……）
　とは思う太陽だったが。折悪しく、隣の小児科で注射を受けたらしい子供の泣き声が響いてきた。
「……やっぱりかえろう！」
　逃げ出そうとする太陽を、怜理は抱き抱えるようにして阻止した。
「ダメよ太陽。受けなきゃ……本当にインフルエンザになったとき、困るのは貴方よ？　一度接種を受けなかった為にずっと寝込むことになった時は悲惨だったのだから」
「だって、やっぱりあれすごくいたいんだ！　ぼくいたいのいやだよ！」
　涙目で兄ちゃんと姉ちゃんに訴える太陽。
　必要がないと判断すると家族でもしゃべろうとしない寡黙なクール少女の怜理だが、かわいい弟のため一生懸命説得する。
「一瞬だけで済む痛みと、数日感ずっと続く不快感、どっちがいいかしら？　それに上手な人は痛みを感じることは殆どないわ。例えば霧人兄様とか」

　その時、診察室から当の霧人が顔を覗かせた。
「……霧人兄様？　来られていたのですか」
「何できりにーがここにいる。自分の病院はどうしたんだよ」
　驚く怜理と暗。
「太陽の声が聞こえた気がしたと思ったらやっぱりか。今日は休診日だから外勤だ」
　霧人が答えた。眼鏡越しの切れ長の目は心なしか優しい。
「けど注射するのが家族なら、太陽も多少は落ち着くだろ……っておい逃げるな」
　そう言いながら暗ががしっと、怜理の手から抜け出そうとした太陽を押さえた。
「いいか太陽、よく聞け……泣くな、よく聞け……聞け……聞……。すまん怜理、太陽押さえるの手伝ってくれ」
「大丈夫だ、太陽。すぐ済むから。待ってるぞ」
　苦戦する弟たちを尻目に、霧人は診察室へ引っ込んでいった。

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