猫又川でのんびりと｜リアクション

猫又川でのんびりと

　カーテンの合間から光が零れる。深倉理紗子はベッドで仰向けに眠っていた。眉根の辺りに薄っすらと皺が寄っている。悪夢を見ているかのような表情であった。
　軽やかに玄関のチャイムが鳴った。数秒の間を空けて再びボタンが押された。
　理紗子は瞼を閉じたまま、玄関に背中を向ける。再度のチャイムの音にドアを叩く音が重なった。
「いるのはわかっているわ。観念して出てくるのよ」
　その声に一度は瞼が開いた。抗えない睡魔のせいなのか。ゆっくりと目を瞑り、掛布団をそっと頭まで引き上げる。
「ねえ、聞こえてるよね。りさちん、りさちん、りさちーん！」
　理紗子は身体を起こした。引きずるような足取りで玄関に赴き、ドアを開けた。深林真瞭が青いレインウェアにハーフパンツを合わせた姿で立っていた。
「りさちん、おはよう。出掛けるわよ」
「おはよう。わたし、前日のハードワークで眠くて」
「温泉に浸れば目も覚めるわ」
　真瞭は理紗子を部屋に押し戻して着替えを促す。
「早くしてね。あ、下着よりも水着が先よ」　
　理紗子は着替えの手を止めた。
「温泉に水着で入って怒られない？」
「そこは安心していいわ。私達で温泉を探し出して入るから」
「そうなのね。それなら、え？」
　理紗子は目で問い掛ける。真瞭は胸を張って答えた。
「猫又川で温泉が湧いたらしいのよ。大丈夫、私達ならきっと探し出せるわ」
「……そういうことなのね」
　遠方を眺めるような目で理紗子は白いワンピースの水着に足を通した。横からの細々とした指示を受けて用意は整った。
「どうかな」
　理紗子はピンクのレインウェアに青いジーンズを穿いていた。真瞭は厳しい表情で全身を見つめる。
「似合ってない？」
「もちろん、似合っているわ。もっと自信を持ってもいいのよ」
「ありがとう」
　笑みを交わした二人は九夜山に向けて出発した。